第23話 晴彦と穂乃果 2
父に言うと、「銀杏の精霊かもしれないね。すごいなあ、穂乃果には見えるのか。いいなあ」と本気で羨ましがっていた。
父の母はそういう、人の目に見えないものがよく見えたそうだ。
「時々、何もない空間をじっと見ていることがあったが、わたしには見えないから詳しいことは教えてくれなかった。おばあちゃんが生きてたら喜んだだろうな。仲間ができたって」
穂乃果が、社務所の中から
あまりにしょっちゅう顔を出すので、神社で働く人たちは、
「彼、穂乃果ちゃん目当てなんだってね」
「なかなかいい男じゃない。穂乃果ちゃん、モテるわね」
などど面白がっている。
宮司である穂乃果の父だけは、胡散臭い目で晴彦を見ているが、なにかするわけでもないので、文句もつけられないらしい。それどころか、参拝客相手に銀杏神社の歴史を語っていることさえある。
「なんなんだ、あの天狗さんは」
「立て札見てるうちに覚えちゃったみたい」
「まあいい。たまにはお茶でも出してあげなさい」
「あ、うん」
(びっくりした。お父さんがそんなこと言うとは思わなかった)
誰もいない参拝者待合室で、晴彦とふたりでお茶を飲む。
お茶請けは
「こんなに
穂乃果が前から思っていたことを口にした。
「飽きないよ。前に言ったでしょ、可愛いものを摂取しないと力が出ないって。穂乃果ちゃんに会えると元気が出るんだ」
「そういうの慣れてないので、どう返せばいいかわかりません」
「じゃあさ、穂乃果ちゃんはぼくのことどう思ってる? いつもヘラヘラしてる変なやつだと思ってない?」
「そんなことないです。神社に来ているお年寄りのなかには、気難しい方や人見知りの方もいますが、皆さん、晴彦さんとは楽しそうにお喋りしています。きっと
そう言って、穂乃果は柔らかい笑顔を見せた。
晴彦の胸が高鳴る。
(可愛いなあ。警戒心の強い猫がやっと懐いたみたいだ)
「穂乃果ちゃんは、将来、宮司さんになるの?」
「まだわかりません。両親もあせって決めなくていいと言うので、ゆっくり考えようと思います」
「そっかあ。……ぼくね、来年の春には
「え⁉︎ あ、そっか。修行期間が終わっちゃうんですね」
穂乃果のガッカリした様子を見て、晴彦は嬉しくなった。
(少しは寂しいって思ってくれてるのかな)
「あのさ、一応聞くけど、穂乃果ちゃんが九州の大学に行く可能性ってあるのかな?」
「九州ですか?」
(そんな遠いところ、お父さんが許してくれると思えないけど。確か比古山って、福岡とか大分とかその辺だよね。どんな大学があったっけ。珍しい学部でもあれば……)
「穂乃果ちゃん?」
「はっ」
晴彦に声をかけられ、いつのまにか行く方向で考えていた自分に驚く。
「ど、どうでしょう。まだ何も決めてないので」
「そうだよね。でも、決めるときに頭の片隅にでも置いといてくれると嬉しいな」
「わかりました」
妙に気恥ずかしい空気に耐えられず、金平糖をポリポリと噛む穂乃果を、晴彦は愛おしそうな目で見つめていた。
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