第24話 鬼 

 三月みづき莉子りこが別れたという噂はすぐに広まった。


 皆がそっと見守るなか、四葉よつばが莉子に声をかけた。

「別れたんだって? まあ、あんまり落ち込まないでよ。烏天狗と人間なんて、うまくいく方が珍しいんだから」

「べつに落ち込んでないし」

「ふうん。ならいいけど」


 どうやら四葉なりに心配しているらしいが、遠慮のない言い方に、まわりで聞いているクラスメイトたちはハラハラする。

 三月と莉子が、今でも想い合っていることを知っている彼らは、いつかふたりが元通りになることをひそかに願っていた。

 

 ◇

 

 季節は秋から冬へと変わり、あっという間に冬休みになった。莉子は姉や両親たちと一緒に、静かに正月を迎えた。


 やがて寒さが終わりを告げる頃、事件が起きた。

 窓際の席で授業を聞いている三月の頭に、突然声が響いた。


瑛二えいじ、三月、緊急事態だ』


 ハッとして窓の外に目を向けると、晴彦はるひこが山の方から飛んでくるのが見えた。

 ガラリと窓を開けると、ひんやりとした風が吹き込んでくる。下の階からも窓を開ける音が聞こえた。おそらく瑛二だろう。

 晴彦は校舎のそばまで来て、何か言おうとするふたりを念話で止めた。


『声に出すな、念話を使え。いいか、よく聞け――京都に鬼が出た』

『鬼!?』

『はあ?』

『信じられない気持ちはわかるが、京都から応援要請がきた。大天狗さまと黒斗こくとが先に出発した。あいつの地元だからな。詳しいことは不明だが、俺たちもすぐ後を追うぞ』


 京都には一路が修行で行っている。

『わかった』

 瑛二と三月は緊急事態だと教師に告げ、晴彦と共に京都に向かった。     

 山とは違う方向にすごい速さで飛んでいく彼らを見て、「どこに行くんだろうな」とクラスメイトたちが呟く。

(三月……)

 莉子はなぜか、今までにないほどの不安にかられた。

 

 * * *


 別の教室では――

 瑛二と三月に呼びかける晴彦の声が聞こえ、穂乃果ほのかはハッとして窓の外を見た。

 修行をした烏天狗だけが使えるはずの念話が、なぜか穂乃果ほのかには聞こえていた。

『念話を使え』という言葉を訊き、まわりの人たちに彼らの会話が聞こえていないことに初めて気づいた。

 

『京都に鬼が出た』


 信じられないような言葉を訊き、「えっ」と小さな声が出る。

 窓の外にいた晴彦が、ふいに穂乃果の方を見た。


 目が合った気がした瞬間、

『穂乃果ちゃん、もしかして聞こえてる?』

 頭の中に晴彦の声が響き、穂乃果は大きくうなずいた。 


『ハハ、さすがだね。ちょっと鬼退治に行ってくるけど、心配しないで』


 念話のやり方はわからなかったが、『いってらっしゃい。気をつけて』と、穂乃果は強く念じた。


 晴彦は驚いた顔をしたあと、一瞬だけ笑顔を見せてから、瑛二たちと共に飛び去っていった。

 

 京都に向かいながら、晴彦はわかっている情報を瑛二たちに伝えた。負傷者も出ているらしいと聞き、瑛二と三月は一路のことが気になって仕方がなかった。


 京都にある蔵馬くらま山には、千年以上の歴史を持つ蔵馬寺がある。そこを目指して三月たちは飛んでいった。

 上から見ていると町に被害はなさそうだが、山の中はずいぶんと荒らされていた。蔵馬寺もあちこち破壊されているが、本殿は無事のようだ。


「もしや、救援に来てくださった方々ですか?」

 寺の僧侶が晴彦に声をかけた。


「はい。鷹尾から参りました」


「それは、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」


「いえ。それより、鬼が現れたとか?」


「はい。どうやら生き残りが二匹いたようです。不気味な雄叫びが聞こえて、烏天狗さまたちが見に行ったところ、仲間の鬼の遺体を抱いて泣き叫んでいたとか。最後の仲間がいなくなり、錯乱したのでしょう。妖力を使って暴れまわり、かなりの数の負傷者が出ました。彼らは現在、本殿の中で治療を受けています」


「まだ捕まっていないのですか?」と瑛二が訊く。


「逃げ回っていますが、大天狗さまたちが後を追っているので、じきに捕まるでしょう」


「そうですか……どうする? 晴彦」


「ぼくと瑛二は捜索に加わろう。三月は一路を探してくれるか?」


「わかった」


「頼んだぞ、三月」


「うん。兄ちゃんたちも気をつけて」

 

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