第25話 蔵馬寺

 二手ふたてに分かれた三月みづきが辺りに目をやると、あちこちにケガをした僧侶がいた。ここには軽症者しかいないようだが、一路いちろは見当たらない。


(まさか……)

 嫌な予感を振り払い、本殿の中へ進む。天井が高く広々とした空間には、立派な祭壇があり、その前に負傷した烏天狗や僧侶たちが寝かされている。

 あちこちからうめき声が聞こえるなか、三月は静かに歩み寄り、彼らの顔を順番に覗き込んだ。

(違う……このひとも違う……)


 ここにはいないのかと思ったとき、かすかに聞こえたうめき声に振り向くと、青白い顔で横たわる一路がいた。


「一路兄ちゃん!」

 慌てて駆け寄る三月を僧侶のひとりが止める。

「あ、ちょっと! 弟さんですか?」

「はい、そうです」

「お兄さんは腹部を負傷していますので気をつけてください」

「お腹を?」

「ええ。腹の肉をえぐられていますが、幸い内臓まで達していないようです。重傷者から順に町の病院へ運んでいますので、もうしばらくお待ちください」

「わかりました。ありがとうございます」


 僧侶が立ち去ると、三月は一路のそばに座り、顔を近づけた。

「すごいね、一路兄ちゃん。鬼と戦ったんだって?」

 そっと話しかけると、一路がうっすらと目を開けた。三月の顔を見ると微笑み、安心したようにまた目を閉じた。

 三月はタオルを借りて一路の汗を拭いたり、口を水で湿らせたりと世話を焼く。


 そのあいだも、木の倒れるような音や、叫び声のようなものが遠くから聞こえてくる。もちろん、ここも安全なわけではない。いざとなったら一路を守り、戦うつもりだ。

 

 辺りを見回す余裕が出てくると、ひとりの女性が怪我人のあいだを飛び回り、指示を出しているのがわかった。

 おそらく医者――だが、人間ではない。かといって自分たちの仲間でもない。


(何者だろう? ここに出入りしてるんだから身元は確かなんだよな)


 三月の視線に気づき、彼女が近づいて来た。

(やば。見過ぎたか)


「あんた、この患者の身内?」

「はい。弟です」

「これから病院に運ぶけど、あんたはここに残って手伝ってくれない?」

「え、でも」

 ちらりと一路に目をやると、

「兄ちゃんはもう大丈夫だよ。あたしが保証する。あたしはともえ。人ならぬ者と人間の両方の知識を持つ、ハイブリッドな医者なんだ」


 自信満々の巴という女は、見た目は四、五十代に見えるが、悠久の時を生きてきた者の気配が漂っている。彼女が大丈夫だと言うなら安心していい気がした。


「わかりました。手伝います」

「素直でいいねえ。気に入った!」


 病院へ運ばれていく一路を見送ったあとは、巴に言われるまま、水を汲んだり、お湯を沸かしたり、包帯を巻いたりと忙しく働いた。病院へ運ばれていく者もいれば、怪我をして運び込まれてくる者もいる。


 そうこうしているうちに、鬼が死んだという知らせが入った。

 外から歓声が聞こえ、本殿の中にも安堵の声が広がった。


(良かった。これでもう安心だ)

 三月が外に出ると、いつのまにかすっかり暗くなっていた。


「弟くん、ありがとう。おかげで助かったよ。これ、あたしの名刺。何かあればここに連絡しておいで。力になるから」


 巴に渡された名刺には町の病院の名前が書いてあったが、「あんたはこっちの方がいいか」と、もう一枚別の名刺をくれた。


「あれ? 名前しか書いてないんだ」

 珍しそうに名刺を見ながら三月が言う。

「そっちは山用。町の病院には週二で診療に行ってるけど、普段は山にいるからね」

「わかった」


 もし、一路にケガの後遺症でもあれば連絡しようと三月は名刺を懐に入れた。



 











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