第26話 藤十郎


 やがて、討伐を終えた烏天狗たちが帰ってきた。

 大天狗が三月みづきを見つけ、手招きした。珍しく素顔を晒している。後ろに晴彦はるひこ瑛二えいじもいた。ふたりともあちこち傷だらけでぐったりしている。


一路いちろには会えたか?」

「はい。本堂にいました」

「怪我の様子は?」

「お腹の肉がえぐられてますが、幸い内臓は傷ついてないようです。町の病院に連れていかれました」

「そうか。ご苦労だった。今日は泊まるから、おまえたちもゆっくり休め」


 三人にそう言うと、蔵馬の大天狗僧正坊そうじょうぼうと共に去って行った。

(このふたり、仲がいいんだな)

 上機嫌な父を見るのは珍しいことだった。


「僧正坊さまは、昔、鷹尾に鬼が出たときに助っ人に来てくれたんだって。それ以来父さんと親しくしてるらしいよ」

 瑛二が三月に耳打ちした。


 皆で父の後を追い、僧正坊の住む屋敷に向かった。

黒斗こくとは?」

 三月が瑛二に訊く。

「今夜は実家に泊まるって」

「ああ、そうだよね。心配だろうしね」


 * * *


 その夜、蔵馬と鷹尾の烏天狗たちが混ざり合い、鬼を退治した祝宴が開かれた。

 大人たちが酔って騒ぎ始める頃、若者たちはたくさんの布団が敷き詰められた、広い座敷に案内された。


 話には聞いていたが、蔵馬と鷹尾ではスケールが違う。修行に来ている烏天狗の数も、屋敷の広さも、鷹尾とは比べものにならない。

(風呂もでかかったなあ)

 風呂に入ってご馳走をたらふく食べた三月は、壁に寄りかかってうとうとしながら皆の話を聞いていた。


 すると、背の低い少年が話しかけてきた。


「晴彦から聞いたんだけど、おまえも高二だって?」

「うん。晴彦のこと知ってるの?」

「前に修行に来たことあるからな。俺、藤十郎とうじゅうろうっていうんだ」

「俺は三月」

「よろしくな」

「うん、よろしく」


「俺、この山では一番下だから、同い年のやつと会えてめっちゃ嬉しい」

 ニコニコと笑う藤十郎を見て、三月も緊張を解いた。


「兄ちゃん、ケガしたんだって? 心配だな」

「うん。でも、巴さんっていう医者が大丈夫だって言ってた」

「そうか、良かったな。あのひと、この山のぬしみたいなもんだから頼りにしていいぞ」


 そう言うと、藤十郎は三月に身体を寄せ、声を落とした。

「三月って彼女いる?」

「え……今はいない」

「実は俺、同じクラスの子と付き合ってるんだ」

「普通の人ってこと?」

「そうそう、一族とは何の関係もない普通の人。俺、将来彼女と結婚したいと思ってるんだ」

「それって大丈夫なの?」


「んー、どうかなあ。でもさあ、普通の学校に通ってるんだから、近くにいる子を好きになるの当たり前だろ? 今どき決められた相手と結婚なんて古いと思わない?」

「思う」

 三月は強くうなずく。


「俺なんか十番目の子どもだし、べつに烏天狗として生きなくてもいいんじゃないかと思うんだ。身体だって小さいし、食べても筋肉がつかないから力もそんなに強くない。戦闘に向いてないんだよね」

「……その気持ちはわかる」

「だろ!? おまえが話のわかるやつで良かったよ!」

「でもさ、その……もし藤十郎がその子と結婚するなら、羽を切らないといけないだろ?」

「うん。ふざけた掟だけど、しょうがないよな」

「そのことを彼女が知ったら、ショックを受けるんじゃないかとか、気にならない?」


「そんなこと考えたこともなかったな」

 うーんと唸ってから、藤十郎は言った。

「羽を切られるなんて大したことじゃないって、彼女に納得してもらえばいいんじゃない? 実際、死ぬわけでもないんだし」


(なるほど。確かに、いくら俺が大丈夫って言っても、莉子が納得しないと駄目だよな)


 藤十郎のあっけらかんとした答えに驚かされ、少しだけ心が軽くなった気がした。


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る