第27話 きみがいないと
一路はしばらく入院することになり、三月たちと入れ替わるように母親が京都に向かった。
「一路兄ちゃんも、たまには母さんに甘えるといいんだよ。いつも長男だからって無理し過ぎなんだから」
瑛二の言葉に三月もうなずく。
ふたりが鏡夜の家に着く頃には、もう日が暮れていた。
玄関を開けると、鏡夜と静香がバタバタと走ってきた。
「おかえり」
「無事で良かった」
涙ぐむ静香を見て、瑛二と三月が気まずそうに目を見合わせた。ずいぶんと心配をかけたらしい。
「「ごめんなさい」」
ふたり同時に謝った。
「バカね。謝ることないわよ、立派に戦ってきたんだから。疲れたでしょ、お風呂沸いてるから入っておいで」
風呂に入り、軽く食事をして、やっとひと息ついた。
静香にせがまれて、瑛二が京都での出来事を話していると、鏡夜が三月を手招きした。
「莉子が心配してうちに来たぞ」
「ほんと!?」
「ああ。見ていて可哀想なほど心配してた。顔を見せにいっておいで」
「わかった!」
逢いたい。
その
* * *
三月たちが京都へ向かった日、教室に残されたクラスメイトたちは、どこへ行ったんだろうと噂した。大天狗が烏天狗たちを引き連れ、西の方へ飛んでいくのを見たという人もいる。
「大天狗さまが出るって、結構大ごとじゃない?」
「事件? 事故かな?」
莉子は蓮たちと一緒に放課後しばらく残っていたが、三月は帰ってこなかった。
「心配すんな。明日はきっと来るよ」
蓮にはそう言われたが、莉子は居ても立っても居られず、帰りに鏡夜の家を訪れた。
「三月は!? 三月、帰ってきてる!?」
莉子の勢いに戸惑いながら、静香が申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。まだ帰ってきてないの」
「そうなんだ……どうしよう、緊急事態だって言ってたの。なんだか様子も変だったし、こんな時間になっても帰ってこないなんて、なにかあったのかも」
今にも泣き出しそうな莉子を居間に連れて行き、静香が温かい紅茶を出した。
「どうぞ。ハーブティーなの。気持ちが落ち着くから飲んで」
「いただきます」
莉子は冷えていた両手をカップで温めながら、ゆっくりと飲んだ。
「あったかい……」
少し落ち着いてきた莉子に鏡夜が話をした。
「詳しいことはわからないが、どうやら京都の方で悪いものが出たので、それを退治しに行ったらしい。まあ、蔵馬山には僧正坊さまをはじめ、
そう言われても、莉子の不安は消えない。
(悪いものってなに? まさか、また鬼が出たんじゃ……)
三月は翌日も学校に来なかった。
莉子の不安がさらに
帰ってきたら連絡すると鏡夜に言われたのも忘れ、莉子は二階の部屋の窓からずっと空を見ていた。いまにも三月が飛んで帰ってきそうな気がして目が離せなかった。
やがて空が藍色に変わり、今日も戻らないのかと諦めかけたとき――
誰かが走ってくる足音が聞こえた。
タッタッタッ
聞き覚えのある足音に、心臓の鼓動が早くなる。
外灯に照らされ、逢いたくてたまらないひとの顔が見えた。
* * *
三月が莉子の家の前に着き、インターフォンを押そうとすると、中から莉子が飛び出してきた。驚いた三月と目が合い、気まずそうに莉子が言った。
「窓から見えたから」
「あ、そっか」
「うん」
そのまま玄関先で話をする。
「……家に来てくれたんだって?」
「心配だったから。ケガはしてない?」
「うん。俺は大丈夫。一路兄ちゃんは腹の肉をえぐられたけど、なんとか無事だったし」
それを聞いた莉子の顔が真っ青になった。
「あ、ごめん。怖がらせたか――」
三月が言い終わらないうちに、莉子が勢いよく抱きついてきた。
驚きのあまり固まる三月。
「怖かった。三月になにかあったらどうしようって……」
三月は、莉子の震える背中にそっと手を回した。
「大丈夫。俺はそう簡単には死なないから」
「うん」
「ねえ、莉子」
「なに?」
「京都で、人間の女の子と付き合ってるってやつに会ったから、そいつに『羽を切るって聞いて、彼女がショックを受けたらどうする?』って聞いたんだ。そしたらなんて言ったと思う?」
「……わかんない」
「『大したことじゃないって納得してもらえばいいんじゃない。実際、死ぬわけでもないんだし』だって。それ聞いて、ちょっと気が楽になったんだ。莉子は、なかなか納得できないかもしれないけど……」
三月は莉子の身体を離し、しっかりと目を見て言った。
「俺は莉子と一緒に生きていきたい。羽を切るだけでそれが叶うなら、喜んで翼を差し出す。俺は、莉子がいないと幸せになれないんだ!」
それでも答えに迷う莉子を見て、
「……莉子は違うの?」
三月の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「三月……」
驚いた莉子の目からも
「違わないよぉ! わたしだって、三月がいないと幸せになれないんだからぁ。うわぁああん!」
驚いた家族が家の中から出てくるまで、ふたりは向かい合ったまま、わんわんと泣き続けていた。
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