第28話 仲直り

 翌日、れぼったい目をした三月みづき莉子りこが教室に入ると、皆がピタリとお喋りをやめて静かになった。

(一緒に登校?)

(もしかして……)

 

「やっと仲直りしたんだね」

 睦美むつみが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「うん。心配かけてごめんね」

「それで? また付き合うの?」

 睦美が目を輝かせ、皆が莉子の答えを待った。

「うん」

 照れ臭そうに莉子が答えると、

「キャー!」という甲高い声と「うおー!」という野太い声で大騒ぎになった。

「みづぎぃ、よがったなあ」

 れんが泣いて喜んでいる。


「冷や冷やさせんなよ!」

「まったくだ、バカップルめ」

 次々と飛んでくる声に、三月が「心配かけてごめん」「悪かったよ」などと返事をする。


「ねえ、睦美。前から思ってたんだけど、なんでみんな、わたしたちのことこんなに応援してくれるのかな?」

 莉子が不思議そうな顔して睦美に訊く。


「なんでだろうね。なんか、あんたたち見てると『純愛』って言葉が浮かぶんだよね。だから応援したくなるのかな」

「ええ、なにそれぇ」


 莉子は笑うが、睦美は本気だった。


(初恋の相手を十年も想い続けるって、結構すごいことだと思うよ。みんな、あんたたちが幸せになるのが見たいんだよ。もちろん、わたしも)


 莉子は、三月と別れた理由を誰にも言わなかった。

 次第に痩せていくほどの理由を無理やり聞き出すこともできず、睦美はずっとモヤモヤしていたのだ。


「大事にしてよね。あんな辛そうな莉子、もう見たくないんだから」

 睦美の言葉に三月は真剣な顔でうなずく。

「うん、もうひとりで苦しませない。約束する」


 ◇


「だいぶ暖かくなってきたし、今度の日曜、デートしようよ」

「デート!?」

 三月の突然のお誘いに莉子が驚く。


「修行はいいの?」

「今週は休み。京都の討伐でさすがにみんな疲れてるからね。ちょっと遠いけど、新しくできたショッピングモールに行ってみない?」

「うん! 行ってみたいと思ってたんだぁ」

(なんだか普通のカップルみたい)


 嬉しそうにはしゃぐ莉子を見て、もっと早く誘えばよかったと三月は後悔した。


(考えてみたら、週末は修行で山に行くことが多いし、デートらしいことしたことなかったよなあ。ふたりで出掛けたのなんて花火大会以来か? はあ、駄目だな、俺)


 藤十郎に知られたら、まったくだと笑われそうだ。

 将来のことも相談したいし、今度連絡してみようかな。俺も人間の女の子と付き合ってるって言ったら、びっくりするだろうな。



 デート当日は少し肌寒かった。莉子は鏡の前で何度も着替え、トレーナーに薄いピンクのフード付きブルゾン、下は赤系のチェックのスカートで落ち着いた。


(デートらしいデートは初めてなのに遅刻しちゃう)

 莉子はあせって駅に向かう。

 家に迎えにきてもらうより、駅で待ち合わせした方がデートっぽいのではないかと、ふたりで話し合って決めたのだ。


 駅に着くと、改札の前で三月が待っているのが見えた。白いシャツの上にブラウンのマウンテンパーカー、下にはデニムという見たことのないおしゃれな恰好をしている。


(うわ、ほんとにデートっぽい)


「お待たせ」

 莉子が近づいていくと「可愛いね」と笑顔を見せた。

「ありがとう。三月の服もカッコいいよ」

「瑛二兄ちゃんが貸してくれたんだ。デートなんだから、ちょっとはおしゃれしろって……じゃあ、行こうか」

 

 一時間ほど電車に揺られて目的地に向かう。

 隣に座り、くだらない話をしながら、身体を寄せ合い、手を絡め合う。

 しばらく離れていた反動で、ついベタベタとくっついてしまう。


「三月の手、あったかいね」


「莉子の手が冷たいんだよ」


「わたし、冷え性だから」


「じゃあ、ずっとくっついててもいいな」


「うん。三月と触れ合ってると安心する。離れてるあいだ、ずっと寂しかったから」


「ごめんな、不安にさせて」


「ううん、わたしもいけなかったの。ひとりで考えて勝手に決めて……もっと、三月のこと信じればよかったのに」


「これからは一緒に考えよう。静香さんもそう言ってくれたし」


「静香さんも、結婚するとき色々と考えたんだろうね」


「それはどうかなあ。あのひとのことだから、『大した問題じゃない』って笑いとばしそうな気もしない?」


「ふふ、それはそうかも。静香さん、男前だもんね」


「絶対、鏡夜おじさんより強いよな。烏天狗を尻に敷く人間の女なんて他にいないだろ」


「わたしも、もっと強くなりたい」

 莉子はそう言って、絡め合った指先に力を込めた。


 

 


 


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