第12話 烏天狗と人間の恋

 桜の蕾がほころび始めた頃、宮野みやの高校の卒業式が行われた。式典が終わると同時に、一路いちろを慕う生徒たちが押し寄せた。


「一路さん、三年間お世話になりました!」

 柔道部の後輩たちが揃って頭を下げたかと思えば、

「先輩のことが好きでした」

 という後輩からの告白ラッシュで、制服のボタンが一瞬でなくなったという。

 

 鷹尾山の烏天狗たちは、高校を卒業すると同時に、他の山に修行に行くことが決まっている。一路が行くのは京都の蔵馬山くらまやまだ。


 しばらく実家に戻り、色々と準備を重ねているうちに、とうとう一路が京都に旅立つ日がきた。前日のうちに実家への挨拶を済ませ、鏡夜の家から出発することにした。


「十二年間、世話になったんだから、旅立つときはここからだと決めてた」

 そう言って、鏡夜と静香を泣かせた。

「元気でな」

「たまには連絡してね」

 ふたりは先に家に入り、兄弟たちだけが残された。


「俺はしばらく帰れないから、あとのことは頼んだぞ、瑛二」

「兄ちゃんみたいにはいかないけど、まあ頑張るよ」

「三月もな」

「うん」

「俺は修行から戻ったら、雪乃ゆきのと結婚するつもりだ。あいつとは気心も知れてるし、うまくやっていけると思う。三月はどうするつもりだ?」

「え?」

「莉子のことが好きなのはわかってる。だが、恋愛はともかく、結婚となると話は別だ。おまえが人間と結婚したらどうなるのか、莉子には伝えてあるのか?」


 答えられない三月を瑛二がかばう。


「兄ちゃん、今そんなこと言われても三月だって困っちゃうよ。結婚なんてまだ先の話だし、だいたい莉子とはまだ付き合ってるわけでもないんだから」


「この先、こいつが莉子以外の女を好きになると思うか?」


「それは、想像できないけど」


「本気で莉子と結婚するつもりなら、ちゃんと話しておけよ。あとでわかったらあいつは傷つくぞ。おまえの成長を誰よりも応援してるんだから」


「わかった……よく考えてみる」


「よし」


 一路は、弟たちの頭を乱暴に撫でると、「じゃあな」と彼らよりもひとまわり大きな翼を広げ、飛び立っていった。


 修行は最低でも一年。あちこちの山で行われる交換留学みたいなものだ。鷹尾山にも九州からひとり修行に来る予定だ。


 三月が高校を卒業するまで、あと二年。


(その頃までには莉子と話を、いや、その前にお付き合いを申し込まないと)


「なんかやらしいこと考えてる?」

 瑛二が三月の顔を覗き込む。


「わっ、変なこと言うなよ!」

「ふふ。別に焦らなくてもいいと思うよ。莉子は三月のことしか見てないんだから」

「そうかな!?」

 三月が目を輝かせる。


「恋かどうかはわかんないけどね」

「そんな。ちょっと、瑛二兄ちゃん!」


 楽しそうに笑う瑛二を追いかけるように家に戻ると、静香が腕を広げて待ち構えていた。


「寂しかったら、わたしの胸で泣いていいのよ」

「「結構です」」

 瑛二と三月が声を合わせる。


「いくら甥っ子でも、それは許せないなあ。ほら、おじちゃんの胸でお泣き!」


「「だから、大丈夫ですって!」」


「まあまあ、仲がいいこと。そうだ、久しぶりに一緒に寝るのはどうかしら?」


「静香! それはあんまりだよ」


「まあ、狭量きょうりょうな男ね」


 鏡夜と静香がいちゃついてるあいだに、瑛二と三月はそれぞれの部屋に戻った。

 瑛二はベッドにごろりと横になり、一路の言ったことを考えた。


 烏天狗が人間と結婚する際のおきて。はたしてこれを知った莉子が三月を選ぶだろうか? あいつが立派な烏天狗になることを誰よりも望んでるのに。


「正直、難しいかもしれないな」

 ため息まじりに呟いた。


 一路や三月と違い、瑛二は遊びだと割り切っている女の子としか付き合わないようにしている。


(どうせいつかは傍系の誰かと結婚するんだ。お互い傷つくだけなんだから、深い関係にならないようにしないと)


 そう思ってのことだった。

 だが、その反面、三月のような一途な恋に憧れもあった。だから、三月と莉子が惹かれ合っているのも、見て見ぬ振りをしていたのだ。


(今まで放っておいた責任もある。この先どうなろうと、せめて俺くらいはふたりの味方でいないとな)


 瑛二は己の心に固く誓った。

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