第13話 転校生・四葉

 莉子りこの姉、朱里あかりは現在大学二年生。弁護士を目指し、法学部で学んでいる。莉子にとっては自慢の姉だ。


「莉子は、どこの大学行きたいか決まった?」

 突然そんなことを訊かれて、莉子は戸惑う。


「ううん、まだ何も決めてない」

「そう。でも、もう二年でしょ。そろそろ考えた方がいいよ。将来したいこととかないの?」


 そう言われて思いつくのは“三月のお嫁さん”くらいだが、姉にそんなことは言えない。くだらないと一蹴いっしゅうされるのがオチだ。


「今のところないかな」

「ふうん。てっきり“三月のお嫁さん”って言うのかと思った」

「なっ」

「わたしが『くだらない』って言うと思ったんでしょ」


 色々と鋭すぎる。


「莉子は昔から三月が大好きだもんね……確かに三月はいい子だし、わたしも好きだよ。でも、鏡夜きょうやさん夫婦を見てると考えちゃうの。もし、莉子が三月と結婚したら、いつか辛い思いをするんじゃないかって」

 

 女の方だけが老けていく。それは切実な問題に思えた。


「うん。言いたいことはわかる。心配してくれてるんだよね? でもね、姉ちゃん。そんなこと、もう何百回も考えたことなの。だって、六歳の頃から好きなんだよ? わたしは、三月がそばにいない人生なんて考えられない。だから、三月の気持ちはわからないけど、わたしからは絶対離れないって決めてるんだ」


 莉子のきっぱりとした言い方と強い眼差しを見て、朱里は妹を見くびっていたことに気づいた。


「そっか。余計なこと言ったね、ごめん。そこまで覚悟してるなら、もう何も言わない。実は、お父さんとお母さんも心配してるから、わたしからフォロー入れとくね」


「ありがとう、姉ちゃん」

「いいってことよ」

「なにそれ」


 ふたりの笑い声が響いた。


 ◇


 莉子たちは二年生になり、教室が三階から二階に移ったが、生徒たちの顔ぶれは変わらない。


「クラス替えがないってのも問題よね。あんたたちはいいけど、彼氏のいないわたしには新しい出会いが必要なのに」


 はあ、と睦美むつみがため息をつく。


「いや、千尋はともかく、わたしたちは別に付き合ってるわけじゃ」

 莉子がごにょごにょと言葉を濁す。


「はあ? ほとんど付き合ってるようなもんじゃない、まったく」

 

「ええっ、そう見えるのかな」


(((見えるよ)))


 クラス中が心の中で返事をした。

 また一年こんな感じなんだろうな、などと呑気に構えていたら、とんでもない転校生が現れた。


 新学期早々、担任に連れられて、見たことのない女生徒が教室に入ってきた。


「今日からこのクラスに入る飯縄四葉いづなよつばさんだ。仲良くしてやってくれ」

「初めまして。飯縄四葉いづなよつばです。三月さまと同じクラスになれて嬉しいです」


(三月さま?)


 クラス中の視線が三月に集まる。

 当の本人は、目が点になっている。


「四葉ちゃん!? なんでここに」

「あ、三月さま!」


 四葉は、三月に向かって可愛らしく手を振った。

 今度は皆の視線が莉子に集まる。

 莉子の目がめらめらと燃えているのがわかった。三月もチラチラと莉子の方を気にしている。


「先生、わたしの席、三月さまの隣がいいです」


(何を言ってるんだ!?)


 転校生の発言に皆がハラハラしていると、

「いや、特別扱いはできないから、あそこの席に座ってくれ」

 担任の大原が、三月から離れた席を指差した。


(いいぞ、大原!)

(見直したぞ、大原!)


 知らぬ間に株が爆上がりしている大原。

 四葉は「そうですか。仕方ありませんね」と、しぶしぶ席に座った。


(なんか偉そうなのはなぜ?)

(図々しくない?)


 女子たちのヒソヒソ声と鋭い視線が飛ぶ。

 男子たちはハラハラしっぱなしだ。

 三月も胃が痛そうな顔をしている。


 三月の席は、緊急時に備えて常に窓側と決められている。四葉は廊下側の一番後ろ、莉子はちょうどその真ん中という並びになった。

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