第37話 藤十郎の恋愛指導

 三月みづきの大人のキスは、もしかしたら経験があるのかもと莉子りこに疑われることになるのだが、これには理由があった。


 * * *

 

 三月が修行のため蔵馬くらま山に来てみると、なぜか藤十郎とうじゅうろうが待ち構えていた。

「あれ? おまえ、修行に出なかったのか?」


「蔵馬では、希望しないやつは修行に出なくていいんだ。ここでも十分できるしな。俺は彼女がいるから当然希望しなかった。そしたら僧正坊そうじょうぼうさまに、おまえの世話係に任命されたというわけだ。嬉しいだろ?」


「ふっ、おまえに教わることなんてあるかなあ」


「ふふん。そんなこと言っていいのか? 確かに俺は戦闘力はないが、恋愛という点において、おまえより経験豊富だ。莉子ちゃんだっけ? 付き合いはじめたんだろ?」


(そう言えば、前に報告したんだった)


「恋愛マスターのこの俺が、ここからの進め方を教えてやろう」

「よろしくお願いします。先輩!」


 一瞬考えてから下手したてに出る三月に、恋愛マスター藤十郎は極意を授けた。


「まず、基本的なことだが、修行で忙しいからといって放っておくなよ。相手は文句も言えず、いつか爆発する。ましてや、おまえは長距離恋愛なんだから、そこは手を抜くんじゃないぞ」

「わかった」

「直筆の手紙やプレゼントなんかもいいな。でも、さすがにそんな暇はないか」

「それなら大丈夫」


 三月は懐から竹筒を取り出した。

「こいつに頼もうと思って」

 カグヤがぴょこんと顔を出す。


「うわっ、管狐くだぎつね! おまえ、もう使役しえきしてんの?」

「うん。鷹尾ではこいつを捕まえないと、一人前として認められないからな」

「まじか……結構スパルタだな」

 藤十郎は、羨ましそうに管狐を見た。


「じゃあ、そいつを使って彼女を寂しくさせないように努力しろ。努力と忍耐は大事だからな。俺の彼女にいつも言われ……あ、いや、とにかく恋愛に関しては俺を頼りにしてくれ」

「ああ、頼む」

「代わりに、どうやってそいつを捕まえたのか教えてくれるか?」

「いいよ」

「やった! 俺の彼女、小動物大好きなんだ」


 こうして彼らはお互いの知識と経験を教え合い、成長した。

 藤十郎は、一週間かけて管狐を捕まえ、彼女の尊敬とさらなる愛情を得た。そしてその代わりに、キスの仕方や夜の秘め事を三月に事細ことこまかに教え込んだ。


「いいか? 初めてのときは焦りがちだが、決して乱暴にしちゃ駄目だぞ。いきなりハードなキスをしても、相手も初めてなんだから気持ち悪いだけだ。じっくり、ゆっくり、気持ちよぉくしてやれ」


「好色じじいみたいな言い方だな」


「失礼な! まだピチピチだ。そんなこと言うやつには教えてやらないぞ」


「すみません、先輩。続きをお願いします」


「うむ。ファーストキスは大事だぞ。ゆっくり焦らずにな。勢いよく歯でも当ててみろ。痛いわ、恥ずかしいわで台無しだ」


「なんか体験談みたいだな」


「バカだな、なに言ってんだ。ハハハ……いいか? 俺の彼女が言うには、初めてのときはキスの雨を降らせて欲しいそうだ」


「ん? どういう意味だ?」


「たとえば、いきなりぶちゅっとするんじゃなくて、ゆっくりとおでこにキスしてから、頬やまぶた、そして最後に唇にするのが理想なんだと」


「そうなのか? まどろっこしいな」


「俺もそう思ったが、女性の意見は参考にした方がいいぞ」


「わかった。参考にする」


 そういうことを踏まえてのアレだったのだ。


 ◇


 風呂上がりの莉子は、花柄模様の水色の浴衣を着て、赤い帯を締めていた。


「えへへ、どうかな?」

(可愛い!)

 叫びたくなる気持ちを抑えて三月が言う。

「いいよ。水色も似合うんだな」


 三月が着ているのは白地に紺の柄の入ったよくある浴衣だが、それを見た莉子も平静ではいられなかった。


(少し痩せたかなあ。でも、筋肉が強化されて、浴衣からのぞく胸筋と腕橈骨筋わんとうこつきんが、なんともいえぬ色気をかもし出しててたまらない)


「湯冷めするといけないから、これ羽織ってけよ」

 三月が部屋にあった羽織を莉子の肩に掛けた。

「うん。ありがとう」(優しい!)


 微笑んで三月を見上げる莉子に、またしてもドキドキする三月。


((はあ、ときめきが止まらない))

 ふたりしてこっそりと胸を抑えていた。


 一階に降りていき、館内の土産物屋を覗く。

「お母さんたちになんか買っていかないと。やっぱり八ツ橋かなあ。今って、色んな味があるんだね」

 莉子の言葉を聞きつけた店員が声をかける。

「定番のニッキや抹茶も人気ですが、チョコ味やいちご味もお土産に買われる方多いですよ」

「へえー」

 莉子は面白がって色々な味の八つ橋を手に取る。


(八つ橋ばっかりでいいのかなあ)


 三月は疑問に思うが、「女が買う物にはケチをつけるな」と藤十郎に言われたことを思い出し、おとなしく待つことにした。

 

 


 




 







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