第9話 あの頃の阿吽と三月
「おい、
「なんだ、
「あいつ、また来てるぞ」
「ああ、
「力も弱いし、翼も小さいからなあ……どうする?」
「またか」
「だって、チラチラこっちを見てるから気になるだろう」
「まあ……あれは声をかけられるのを待ってるな」
「吽が行ってやれよ」
「最初に声をかけたのは阿だろ」
「はあ、しょうがないな」
「どうした? また泣いてるのか?」
「あーたん! うぇえええーん!」
「まったく、おまえは泣き虫だな」
「だって、おっ、お父さんが、おれのこと、だっ、だめなやつだって」
ひとしきり泣かせてから、阿が言った。
「大天狗さまはなんでもお出来になるから、出来ない者を見てると歯がゆいのだろう。だが、大天狗さまとて、子どもの頃は苦労しておったぞ」
「お父さんが?」
「ああ、そうだ。今でこそ立派になられたが、昔は身体も小さく、
「おれにもできるかな?」
「どうかのう。まあ、大天狗さまの子じゃから、出来るかもしれんな。ああ、そろそろ戻らぬと
「わかった。またね、あーたん」
「小僧よ、その呼び方はどうかと思うぞ」
三月が手を振りながら去って行くのを見届け、阿は石像の中に戻った。
「ずいぶんと話をしていたな」
「そうか? 次は
「うむ。そうだな」
その後も、三月はたびたび阿吽のもとへやってきた。
いつも大きな目を潤ませながら、チラチラとこちらを見るので、放っておけずつい相手をしてしまう。
「今日はどうした? 上手く飛べない? どれ、ちょっと飛んでみろ」
「また怒られたのか? ほら、もう泣くな。しょうがない小僧だ」
そんなふうに世話を焼いているうちに、いつのまにか阿吽は、烏の小僧が来るのを待ち望むようになった。
◇
遠足の日の夜、阿吽たちが鏡夜の家を訪れた。
「あははは、ほんとに来たんだ!」
大笑いする鏡夜に向かって、阿が言い放つ。
「ふん。ぜひ遊びに来てくれと小僧が言うから、わざわざ来てやったのだ」
「寺は大丈夫なのか?」
「門に結界を張ってきたから、低級霊ごときは入れぬわ」
「嫁御は元気か?」と
「元気だよ。
呼ばれて、部屋の奥から静香が姿を見せた。
「あら、いらっしゃい。阿吽ちゃんたち」
「相変わらずだな、嫁御よ」
「阿吽ちゃんたちも、相変わらず可愛らしいこと」
「やれやれ、口の減らぬおなごだ」
静香は今年で六十七歳。夫の鏡夜はどう見ても三十代にしか見えないので、親子だと勘違いしている人もいる。
確かに見た目は歳を取ったが、鏡夜の目に映る静香はあまり変わっていない。可愛い笑顔や、美しい琥珀色の瞳を見るたびに、愛おしいと思う。
烏天狗たちは、代々、傍系の中から
まれに人間と結婚する者もいるが、その者たちは山を下りて人間社会で暮らすことを強いられる。鏡夜とて例外ではない。
『馬鹿なやつだ。同じ
鏡夜が静香と結婚したいと伝えたとき、兄である大天狗に吐き捨てるように言われた言葉だ。
兄には理解できないだろう。
恐ろしいほどの力を持ち、関東一帯の烏天狗たちの頂点に立つ男。
鏡夜はずっと、兄に対してコンプレックスを抱えていた。兄弟に
高校生のとき
同じ
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