第8話 狛虎

 遠足の日は綺麗な秋晴れで、先生と生徒たちは思い思いの服装で学校を出発した。


 まずは銀杏いちょう神社まで長い石段を登る。

 そこから登山道に入り、しばらくすると、太い木の根やごつごつとした岩がある歩きにくい道が続く。

 

 鷹尾山にはいくつもの登山コースがあるが、今日歩くのは少しだけ難易度の高い、登山を満喫できるコースだ。


 中腹にある鷹尾寺たかおでらで少しだけ時間を取った。

 お堂の脇には、なぜか狛犬ならぬが設置されていた。なかなかリアルな造形で、今にも飛び出してきそうな迫力がある。


 他にも、大天狗や烏天狗の像が飾られていたので、一緒に写真を撮りたいという生徒たちが三月みづきに群がっている。


 寺を出て、さらに進んで行くと、あちこちに小さなほこらがあるのが目につく。ちょうど紅葉こうようも見頃で、イロハモミジやハウチワカエデなどが黄色や赤に染まっている。


 時折聞こえてくる鳥の鳴き声や、沢のせせらぎが疲れを癒してくれたが、山頂付近にさしかかる頃には、皆ぐったりとしていた。


 雲ひとつない青空の下、山頂からは遠くの山々までくっきりと見渡せた。


「あれ、富士山じゃない?」

 睦美むつみが遠くを指差す。

「どこどこ? あ、ほんとだ。天気が良くて良かったねー」 

 莉子も喜び、綺麗な景色をバックに記念写真を撮る。


 昼食は食べやすそうな場所にシートを敷き、各々が持参した弁当を広げた。

 

「莉子のお弁当、いつも美味しそうだよね。三月の分も作ってきたの?」

「うん。三月の身体はわたしが作るんだぁ」

「へえ……」

 若干じゃっかん、引き気味の友人たち。

「まあ、お似合いだよね」

 嬉しそうに弁当を頬張っている三月を見て、皆、うんうんとうなずいた。


 食事を終え、少し散策してから帰りの途につく。下り坂を楽しげに歩く生徒たち。

 再び鷹尾寺の前を通ったとき、なにか大きなかたまりがふたつ、境内から飛び出してきた。

「きゃあ!」

「なんだ?」

 と驚く声がする。

 ふたつの塊は、ビュンと三月に飛びついた。


「おい、小僧。もう帰るのか?」

「われらに挨拶もなしか」

「あーたん、うーたん! ごめんね、今日は遠足だから」

「薄情者め。もっと顔を見せに来ぬか」


 三月の背中や腕にしがみつき、駄々をこねているのは、どう見ても虎の子ども。

 オレンジと黒の縞模様の毛に、丸い耳、くりっとした黒い瞳。まるでぬいぐるみのようだ。


「「かわいぃいい!」」と騒ぐ女子たち。

「触らせてぇ!」

「ごめん! こいつら霊獣だから人間には触れないんだ」

「ええー、そうなんだぁ」


 女子たちが名残なごり惜しげに去っていくと、三月が虎たちに言った。


「じゃあ、お勤めが終わったら遊びに来てよ」

「では、そうするか? うんよ」

「そうだな、よ。久しぶりに鏡夜の顔でも見に行くとするか」

「じゃあ、またあとでね」

 

 虎たちは満足げにうなずき、神社の中へ消えていった。


「ずいぶん仲良しなんだね」

 莉子が三月に言う。

 

「うん。子どもの頃、嫌なこととか辛いことがあったときは、あーたんとうーたんに話を聞いてもらってたんだ」


「あの子たち、子どもに見えたけど、確か石像はごつい感じの成獣だったよね?」


「そうなんだけど、なぜか石像から抜け出すと子どもになっちゃうんだ。だから、最初に話しかけられたときも全然怖くなかったよ」


「そっかぁ。良かった!」


「え?」


「わたしがいないときも、あの子たちがいたから寂しくなかったでしょ? ひとりで泣いてたんじゃなくて、ほんとに良かった」


「莉子……。うん、そうだね。愚痴や泣き言を聞いて励ましてくれたりして、本当にいいやつらなんだ」


 去り際、莉子は鷹尾寺に向かって深くお辞儀をした。




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