第7話 祭りの終わり&遠足へ行こう

 救護テントに連れて行かれる三月みづきを目で追う莉子りこに「行かなくていいの?」と睦美むつみが訊く。


「今はひとりになりたいと思うから、あとで覗いてみる」


「無理しちゃってぇ。ほんとはすぐにでも飛んで行きたいんでしょ?」


「そりゃそうだよ、心配だもん。でも、男には色々あるじゃない? プライドとか、面子めんつとか? よくわかんないけど」


「そうだね。わたしもよくわかんないけど」


 続いて、一路いちろ黒斗こくとの戦いが行われた。


 柔道の有段者のふたりは、いきなり真正面から組み合い、投げ技を繰り出そうとするが、互いの踏ん張りが強く上手くいかない。

 いったん間合いを取ったあと、一路の長いリーチで繰り出す拳を払いざま、黒斗の鋭い蹴りが飛ぶ。大歓声のなか、にぶい音が響く激しい打ち合いが続く。


 やがて、一路の集中力が切れた一瞬の隙をつき、黒斗が側面から掌で一路の顎を打ち、そのまま肘側面をこめかみへ振り落とした。体勢が崩れたところに、思い切り蹴りを入れられ、一路が吹っ飛ばされる。そのまま起き上がることが出来ず、黒斗の勝ちが決まった。


 しばしの休憩をはさんで、黒斗と瑛二えいじの決勝戦が始まった。

 観客たちのボルテージも上がる。


 大技を繰り出す黒斗を、素早い動きで翻弄する瑛二。


「くそっ、ちょこまかと」

「黒斗は筋肉つけ過ぎなんだよ」


 まるで弁慶と牛若丸の戦いだ。ひらりひらりとかわしながら、技を繰り出す瑛二だったが、最後は黒斗に羽交い締めにされ、意識を失った。

 

 こうしてすべての試合が終わった。激しい戦いを見せてくれた烏天狗たちに、観客から大きな拍手が送られた。


 最後は全員舞台に上がり、お面をはずして挨拶をする。烏天狗たちの素顔に、女性たちの黄色い声が上がった。 


 神社に人けがなくなる頃、控え室で着替えた烏天狗たちが姿を見せた。


「黒斗、来年もやろうよ」

「一路がもっと強くなってたらな」

「三月、大丈夫か?」

「平気だよ。次は負けないから」


 若き烏天狗たちの熱い夏が終わった。


 ◇


 毎年、山の木々が赤や黄色に色づく季節になると、宮野高校では遠足で鷹尾山に登る。頂上まで二時間ちょっとの安全なコース。三月にとっては実家に帰るようなものだ。

 

「三月んちの前、通ったりするのかな?」

 お調子者のれんが訊く。

「うちは山奥だし、そもそも家の周辺には結界が張られてるから、見つけられないと思うよ」


「えー、見たかったなあ、烏天狗の屋敷。やっぱ、でかいんだろ?」


「まあ、そこそこ。鏡夜おじさんちよりは大きいかな」


「充分でけえよ!」


(三月の家かあ。実家ってことは、お母さまもいるよね。どうしよう。念のため、恥ずかしくない恰好で行った方がいいかな)


「あー、莉子がまたなんか妄想してるぅ」

「し、してないよ!」

 莉子が顔を赤くして睦美をにらむ。


「ねえねえ、三月のお母さんって、どうやってお父さんと知り合ったの?」

「それ聞きたい! 大天狗さまとどこで恋に落ちたのか」


 女子たちがここぞとばかりに聞きたがるので、三月はしぶしぶ答える。


「母さんは飯縄いづなの傍系で、父さんとは子どもの頃から知り合いだったんだって」


「へえ、じゃあ幼なじみと結婚したんだね」

 睦美がニヤニヤしながら言う。


「あ、そうだね。幼なじみと……」

「結婚……」


 三月と莉子がはにかむのを皆で微笑ましく見ていると、空気の読めない蓮が爆弾を落とした。

「やっぱり嫁も天狗の家系なんだな。人間とは結婚できないの?」


 はっとした三月が、莉子の顔を見ながら一生懸命フォローした。


「そんなことないから! 鏡夜おじさんだって静香さんと結婚しただろ? 町の学校に行くようになってから、人間と結婚する天狗も増えてきたんだって!」


「そうなんだ……良かった」


 莉子が小さく呟くと、三月の顔が赤く染まった。 

 女子たちが微笑みながら、蓮にドスドスと肘鉄を食わせた。


「鈍いにもほどがあるでしょ」

「もうちょっと考えて喋りな」

「うちらの推しカップルの邪魔すんじゃないよ」


 小声で脅され続けて、蓮が涙目になる。

 千尋だけが「まあまあ。悪気はないんだから」と庇い、蓮に拝まれていた。


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