第6話 天狗祭り

 今年の「天狗祭り」は、八月三十日と三十一日の二日間行われる。


 祭りの当日、商店街の店先には観光客用の品物が並べられる。

「天狗まんじゅう」「天狗焼きそば」「天狗の下駄」など、すべて天狗尽くしだ。この二日間でがっぽり稼ぐぞという町の人たちの意気込みが感じられる。


 天狗たちが練り歩くのは、午前、午後、夕方の計三回。

 大天狗役は、恰幅のいい商店街の店主が選ばれた。烏天狗役の若者たちは全部で十二人、そのうち四人が神社で体術を披露する。

 今年は飯縄いづな三兄弟の他に、京都から修行に来ている黒斗こくとという若者が加わった。


「黒斗と戦えるなんて嬉しいよ」

 一路いちろが挑戦的に声をかけると「どっちが勝つか楽しみだな」と、黒斗が不敵に笑う。


 黒斗は、一路と同じくらい背が高く、鍛え抜かれたはがねのような身体をしている。

「やれやれ、今夜は荒れそうだね」

 瑛二えいじが人ごとのように呟いた。


 今日の対決は、瑛二対三月、一路対黒斗の勝ち抜き戦だ。 

「俺だって負けられない」と三月もひそかに闘志を燃やす。


 莉子は青空の下、商店街を睦美むつみと食べ歩きながら、天狗の行列が来るのを待っている。「天狗焼きそば」を頬張りながら、睦美が言った。


「同じものを何回も見て、よく飽きないね」


宮野町みやのまちの伝統行事だもん。当然でしょ」


「はいはい。次は『天狗アイス』でも食べようかな。どうせわたしは食べるくらいしか楽しみがないから」


「烏天狗や山伏に変装した男子に、カッコよさげな人もいたじゃない。誰か気になる人いなかった?」


「烏天狗はお面つけてるし、山伏は坊さん臭いし、カッコいいもなにもないよ」

 睦美はため息をつく。


(莉子は三月がどんな格好でも素敵に見えるんだろうな。しょうがないから付き合うけど、一日三回はきついわあ)


 そうして睦美はひたすら食べ続けるのであった。


 * * *


 夜のとばりが下り、神社の灯篭とうろうにあかりがともる。

 銀杏いちょう神社へ登る長い石段から大天狗たちが姿を現すと、待っていた人々から歓声が上がった。


 天狗と山伏たちは鳥居をくぐり、参道を歩いて神楽殿かぐらでんに向かう。

 神楽殿の前の広場が舞台となるため、一定の距離を置いて見物客が取り囲む。ところどころ警備のために、烏天狗や山伏の恰好をした若者が立っている。


 大天狗が口上を述べ、戦いの火蓋が切られた。


 最初の対戦は、瑛二対三月。天狗の面が邪魔そうだが、神通力があるのであまり関係ないらしい。


 向かい合い、両者が構えた。

 先に三月が飛び出し、先制攻撃をかけるが、瑛二は繰り出される拳を軽々と受け流し、右足で蹴りを入れる。すかさず三月も蹴りを膝で受け、激しい戦いが始まった。歓声が一段と大きくなる。


 パンチとキックの応酬のあと、瑛二が神楽殿の舞台に飛び乗った。三月がすぐさま後を追い、今度は舞台の上で戦い始めた。


 その様子を莉子はハラハラしながら見守っている。

(大きなケガをしませんように)


 ある程度の段取りは決まっているらしいが、烏天狗たちが本気になれば誰も止めることは出来ない。


 舞台をぴょんぴょんと飛び回るふたりに、「まるで牛若丸みたいだな」と観客が喜ぶ。ふたりは体重も軽いし、アクロバティックな動きで見ている人を楽しませるのが上手い。


「そろそろ本気出してよ」

 荒い息遣いの三月が言う。

「ふふ。大好きな莉子ちゃんの前で負けてもいいの?」

「心配しなくても負けねえから」


 ふたりの視線がバチバチと絡み合う。


「わかった。じゃあ行くよ」


 瑛二の繰り出す技のスピードが上がった。もう人間の目で追うのは難しい。三月も必死に応戦するが、どんどん舞台の隅に押されていく。


「くっ」

「これで終わりっと」


 強烈な蹴りを受け、三月が舞台の外に吹っ飛ばされた。

 どうやら起き上がれないようだ。


 試合続行が不可能な状態のため、大天狗により瑛二の勝ちが宣言された。

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