第15話 父のために

 烏天狗の力は直系の男子にのみ受け継がれる。

 したがって、傍系の四葉よつばの父、雅彦まさひこには翼がない。もちろん、普通の人間よりは寿命が長く力も強いが、それだけだ。


 だが、雅彦には商才があった。事業で成功し、美しい妻と可愛い子どもに恵まれた。普通に考えれば誰もが羨むような人生だが、彼はいつも物足りなさを感じていた。


「俺も烏天狗に生まれたかったなぁ。大きな翼で空を飛び、天候すらも変えてしまう力を持つ、あの大天狗さまみたいな」


 酔っ払うといつも同じことを繰り返す雅彦が、あるとき四葉に言った。

「おまえが大天狗さまの息子と結婚すれば、孫は烏天狗になれるな」


 四葉には男兄弟しかいない。

(お父さんの願いを叶えられるのはわたしだけ) 

 まだ小学生だった四葉に、そんな考えが植え付けられた。


 烏天狗たちは年頃になると、傍系の女性たちと引き合わされる。将来を見据えてのことだろう。軽い合コンのようなものだ。


 四葉は、まずは一路いちろに狙いを定めた。だが、一路は四葉にまったく興味を示さず、雪乃ゆきのという地味な女を選んだ。

 瑛二えいじに至っては、「ひとりの女の子に決めるとか無理」と逃げ回る始末。


 もう三月しかいない。そう思ってわざわざ転校までしたのに。


飯縄いづなさん、大丈夫? 顔が真っ青よ」

 千尋ちひろが四葉に声をかけた。

「……どうしよう。お父さん、ごめんなさい」

「飯縄さん?」


 どうも様子がおかしい。

 三月と莉子が顔を見合わせた。


「何か事情があるみたいだし、わたしが保健室に連れて行くよ」と莉子が言う。

「え、でも」

「大丈夫。ついでにちょっと話もしたいから」

「わかった。じゃあよろしく。先生には言っとくね」

「ほら、行くよ」

 莉子が手を引くと、意外なことに四葉は素直についてきた。


 保健室のドアを開け、先生に声をかけた。

「すみません。彼女、具合が悪そうなので連れてきたんですけど」

「まあ、顔色が悪いわね。貧血かしら……とりあえず、そこに寝かせてくれる?」

 

 莉子は四葉をベッドに寝かせ、先生に頼んだ。

「少し、ここで話をしたいんですが、いいですか?」

「いいわよ。その前に熱だけ測らせてね」


 体温計を脇にはさむと、すぐにピピッと音がした。

「うん、大丈夫そうね。じゃあ、わたしはあっちにいるから」

 先生は莉子にそっと耳打ちした。

「あまり刺激しないでね」


 古びた白いカーテンが引かれ、狭い空間にふたりきりになる。

 莉子はベッドのそばの丸椅子に座った。


「ちょっと話せる?」

 莉子に言われて、四葉は横になったままうなずいた。

「三月のことが好きなの?」

 四葉は黙って首を横に振った。


「じゃあ、どうして強引に迫ったりしたの?」


「……お父さんが喜ぶから。……わたしのお父さん、烏天狗になりたかったの。だから、わたしが本家の息子と結婚して、烏天狗の孫ができるのが夢なのよ」


「それって命令されたってこと?」

 莉子の視線が鋭くなる。


「ううん、違う。わたしがお父さんを喜ばせたかっただけ。でも、一路さんにも瑛二さんにも相手にされなくて、勝手に追い詰められてここまで来ちゃった……バカだよね」


 力なく笑う四葉に莉子はピシャリと言った。

「ほんとだよ。父親の戯言たわごとに受けちゃって」

「そんな言い方ないでしょ」

 四葉がムッとする。


「だってさあ、それって『実は俺、プロ野球選手になりたかったんだ。おまえがイチローと結婚して孫ができたら嬉しいなあ』みたいなことでしょ?」


「え? ……そう、なのかな」

 思いがけないことを言われ、四葉は混乱した。


「お父さんは、娘がそこまで思い詰めてるなんて、気がついてないと思うよ。逆に、自分のために好きでもない男と結婚しようとしてるなんて知ったら、怒るんじゃない? いいお父さんなんでしょ?」


「うん……そっか、そうだよね……あー、わたし何してたんだろ!」

 四葉が頭を抱えた。


「じゃあ、もう三月には手を出さないでね。わたしの彼氏だから」


「はいはい。もう出しませんよ。もともと好みのタイプでもないし。だいたい、なんで他の女子たちまで邪魔してくんのよ。ちょっとおかしいよね、あのクラス。推しカップルってなんなのよ!」


「なんか、喋り方変わってきてない?」


「もう疲れたから、お嬢さま口調はやめたの」


「うん。そっちのがいいよ。だいたい、どこから引っ張ってきたのよ、あのキャラ」

 莉子がクククッと笑うと、四葉が恥ずかしそうに言う。

「なんか、お嬢さまっぽい方が受けるかなって」

「なにそれ!」

「もうっ、笑わないでよ! ちょっと寝ていくから、クラスの子たちには適当に言っといて」

「わかった。おやすみ~」


 四葉は布団をかぶり、右手だけ出してひらひらと振った。

 カーテンを開けると、先生がにっこり笑って親指を立てた。

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