第44話 くるみの思惑

 藤十郎とうじゅうろうとくるみは高校の同級生。

 同じクラスになってからよく喋るようになり、気づいたら好きになっていた。


 変かな? そんなことないよね。恋なんて、いつのまにか落ちてるもんだよね。


 自覚したらもう抑えられなかった。

 ふたりで話すとうわずる声。震える指先。彼の言うことに一喜一憂する毎日。

 

「なんかおまえ、最近変じゃない?」

 とうとう本人に言われる始末。

 恥ずかしさでいたたまれなくなり、思わず言ってしまった。


「しょうがないでしょ! 好きになっちゃったんだから!」

「ええっ!」


 そんな感じで付き合い始めた。ムードもへったくれもないが、結果オーライだ。


 高校を卒業後、くるみは親戚の経営している会社に就職した。堅実に貯金をしながら、烏天狗に関する歴史を調べ、きたるべき日のために備えている。

 様々な文献を読みあさり、もしかしたらという仮説も浮かんだが、やはり実際に知識を持つ人に会いたい。


「やっぱり、ともえさんしかいないんだよねえ」

 くるみはポツリと呟く。


 巴は蔵馬山に住む年齢不詳の医者で、普段は山の診療所にいるが、週二回は町の病院に勤務している。どうにかして彼女から話を聞きたいが、町の病院で聞ける内容ではないし、山の診療所には巴が許可した人間しか辿り着けないという噂だ。


(どうやったらその許可が下りるのかなあ)


 巴の情報を掻き集めているうちに、山の診療所に行ったことがあるという女性が見つかり、話を聞けることになった。


 待ち合わせの喫茶店に行くと、佐藤智子ともこという女性の腕には小さな赤ん坊が抱かれていた。


「あの頃、不妊治療を受けてたんだけど、何年続けてもできなくてね。今までかかった費用を考えると今さら後に引けないし、夫との関係もギスギスしちゃって……ほんと、最悪なときだった。病院の外にあるベンチに座ってぼーっとしてたら、『辛そうね』って巴先生に声をかけられたの。喋ったこともなかったのに優しいよね。先生はわたしの話をしばらく聞いてから、名刺を一枚くれた」


「名刺?」


「そう。名前だけが書かれた名刺。『住所も電話番号も書いてないんですね』って言ったら、『蔵馬山の一本杉のすぐそばよ。土日はたいてい山にいるからおいで。名刺、忘れないでね』って」


「そんな不親切な」


「ふふ。わたしもそう思ったけど、他に当てもなかったから、とりあえず山へ行ってみたの。一応、登山用の恰好もしてね。ケーブルカーから見てもよくわからなかったから、降りたところでバッグから名刺を出してみた」


 ◇


(どう見てもただの名刺よね。透かし模様とか入ってたりして)


 智子が太陽に向けて名刺を高く掲げると、名刺が指をすり抜けた。

 え? 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 下を見ても何も落ちてない。

 顔を上げると、なぜか目の前に真っ白な小鳥がいた。


「うわっ、びっくりした!」

 小鳥はスイッと舞い上がり、智子の頭上をクルクルと旋回した。


「……もしかして、巴先生のところに連れてってくれるの?」

 智子が話しかけると、小鳥はピーと鳴き、どこかへ向かって飛んでいった。

「あ、待って!」

 智子が慌てて後を追う。

 どうやら他の登山客たちには小鳥が見えていないようだ。


 途中から登山道をはずれ、道なき道を行く。体力のない智子には、きつすぎる行程だ。太い木の根につまずき、急な斜面を滑り、何度か途中で諦めかけた。

 だが、智子が立ち止まると、小鳥も木の枝や岩の上にとまり、静かに待っている。それに勇気づけられ、はあはあと上がる息が整うと、また歩き出した。


 そうして何時間か経った頃、草を掻き分け藪を抜けると、突然視界が開けた。

 広い原っぱが目の前に広がり、そこに大きな一本杉があった。


「す、杉の木……ここ? 小鳥さん、ここなの?」

 智子はへなへなとその場に座り込んだ。もう一歩も動ける気がしない。


 小鳥がピーーーッと高く澄んだ声で鳴くと、何もなかった平地に二階建ての赤いレンガの家が現れた。

 智子が驚いていると、家の中から巴が出てきた。


「いらっしゃい。よく来たね」

「あ……小鳥さんに案内してもらったので」

「それでも、途中であきらめて帰るひとも多いんだよ。ここに辿り着いただけでも大したものさ。さあ、中へ入りなさい。美味しいお茶をいれてあげよう」

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