第17話 川での出会い

 鷹尾山たかおさんには山奥にある大きな滝と、初心者に向けて滝行指導をしている小さな滝がある。滝から流れ出た水は、下流に向けて川幅を広げ、やがて海へ繋がる。


 夏になると川遊びをする人が増え、その結果、水難事故も増える。

 今年何度目かの警報が鳴り、三月みづきが教室の窓から飛び出した。一路いちろが卒業し、瑛二えいじとふたりになったが、山には他の烏天狗たちもいるので問題ないようだ。


 遠ざかる三月の姿を目で追うれんに、千尋ちひろが言う。

「川って怖いよね。急に深くなったり、流れに足をとられて動けなくなったりするから」


 すると、蓮が神妙な顔をした。

「実は俺、子どもの頃、川でおぼれたことがあるんだ」

「えっ、そうなの?」

「うん。まさに、千尋が言った通りの状況で、泳げないわけじゃないのに、足をとられて流されたんだ。パニックになって必死にもがいたけど、水がどんどん口の中に入ってくる。そんなとき、烏天狗が助けに来てくれたんだ」


 * * *


 小学三年生の夏。

 両親と、山の中を流れる川で遊んでいた。毎年、夏になると来ている浅い川で、危ないと思ったことなんかなかった。


 その日、魚を捕まえようと考えた俺は、いつもは行かない場所へザブザブと進んで行った。

「戻りなさい!」

 母の鋭い声が聞こえ、大丈夫だと言おうとしたときにはもう遅かった。


 川の流れに足をとられ、身動きできない。

(なんだこれ、なんで)

 急に流れが速くなったような気がした。

 怖くなって慌てて戻ろうとしたら、バランスを崩して水の中に倒れた。


「蓮!」

 両親が駆け寄ってくるが間に合わない。


 水の流れに逆らえず、どんどん下流に流されていく。

 俺はパニックになった。怖い。苦しい。死んじゃう!

 もう駄目だと思ったとき、いきなり水の中から引っ張り上げられた。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 ゲホゲホと水を吐き出し、自分が空を飛んでるのがわかった。はるか下に、さっきまで流されていた川が見える。

 

 俺を抱き抱えているのは、同い年くらいの子どもだった。よく見ると、彼の背中から黒い翼が生えている。


「ひいっ」

 びっくりして、変な声が出た。

「か、烏天狗?」

「そうだよ。見回りしてたら、きみがおぼれてるのを見つけたんだ」

「あ、ありがとう。助けてくれて」

「いいよ、当たり前のことだから」


 その、彼の言い方がすごくカッコ良かった。


 俺たちは川の上流へ向かいながら話をした。

 彼は隣町の小学校に通ってるという。 


「烏天狗でも学校に通うんだね」

「今の大天狗さまになってから変わったんだって」

「へえ。じゃあ、中学や高校でまた会うかもしれないな!」

「そうだね」


 * * *


「そこまで話したら、両親の待つ川原に着いた。泣いて感謝する両親に軽く頭を下げると、彼はすぐに飛んでっちゃったんだ。それからも何度か山に行ってみたけど、彼には会えなかった。だから、校区外だったけど、ちょっとズルして彼と同じ中学に入学したんだ」

「それって、もしかして……」

「そう。三月は俺の命の恩人なんだよ」


 千尋はやっとに落ちた気がした。

 前から不思議に思っていたのだ。いつも飄々ひょうひょうとしている蓮が、なぜ三月のことになるとムキになるのか。


「三月はそのこと知ってるの?」

「ううん。あんなこと日常茶飯事さはんじだろうし、俺も言わなかったから」

「どうして?」

「恩人じゃなくて、友だちになりたかったんだ。烏天狗って、神様としてうやまわれるときもあれば、いつかみたいに化け物扱いされることもあるだろ? 俺は空を飛べないし、力も弱いけど、人の悪意から守ることくらいはできると思って」


 蓮はへらっと笑った。


「蓮……あんた、いいやつね」

「なんだよ、急に」

「わたし、あんたを好きになって良かった」

「ええっ」

 蓮はうろたえながらも、「ありがとう」と口元を緩ませた。


 



 

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