第10話 鬼の話

 鏡夜の両親は結婚に反対していたが、この屋敷を管理し、烏天狗の子どもたちの世話をするという仕事を与えてくれた。


 静香は中学の教師として働いていたので、家事は自然と鏡夜の担当になった。静香が退職してからも、相変わらず料理は鏡夜が担当している。なぜなら、静香の料理の腕が壊滅的に下手だからだ。


「せっかく阿吽あうんちゃんたちが来てくれたんだから、たまにはわたしが作ろうかな」


 静香がキッチンに行こうとすると、すぐさま一路いちろ瑛二えいじが飛んできた。


「いいよ! 俺たちがやるから、静香さん座ってて!」

「でも、たまにはわたしも作りたいなあ」

「いいからいいから! な、瑛二」

 一路が必死に目くばせする。

「そうそう! 俺も手伝うからさ」

 

 一路と瑛二は、鏡夜のいないときに静香の手料理を食べさせられた経験がある。それ以来、二度と静香に料理を作らせないよう細心の注意を払っていた。


 鏡夜の作った料理と、とっておきの酒で宴会が始まる。もちろん高校生たちは不参加。阿吽も含めて酒が強い者ばかりなので、朝まで飲む気満々だ。


 *

 

 夜明け前、お勤めがあるからと言う阿吽を三月が門の外で見送る。


「たまには顔を見せに来いよ、小僧」

「そうだぞ。が寂しがるからな」

「何を言う。うんこそ、小僧に会いたいと何度も言ってただろ」

「いやいや、阿のほうが――」

「ありがとう、あーたん、うーたん。雪が降る前にまた会いに行くよ」


 三月が抱き寄せると、阿吽はすりすりと頬ずりをした。


「待っておるぞ」

「達者で暮らせ」

「うん」


 白み始めた空を、二頭の子虎が山に向かって飛んでいった。

 

 ◇ 


 鷹尾山の山頂に雪が降り積もり、山の陰影を浮かび上がらせている。

 吐く息が白いほどの寒さのなか、三月と莉子は銀杏いちょう神社に初詣に来ていた。


「ごめんな、元旦に来られなくて」


「ううん。それより、実家はどうだった?」


「妹が産まれたばかりだから、母さんは育児疲れでへとへとだったよ」


「お父さんは手伝ってくれないの?」


「やるわけないだろ。俺、父さんに抱いてもらった記憶なんかないからね」


「お父さんと三月って似てる?」


「いや、似てないんじゃないかな。気になる?」


「うん。いつもお面を被ってるから、素顔はどんな感じなのかと思って」


「普通のオヤジだよ。ただ、顔に大きな傷があるから、初めて見るひとはちょっとびっくりするかも」 


「そうなんだ……気にしてるのかな?」


「どうだろ。いくさの傷跡だし、そんなこと気にするようなひとじゃないと思うけど」


大天狗だいてんぐさまの顔に傷をつけるなんて、相当強いやつと戦ったんだね」


「ああ。なんでも、大昔に鬼と戦ったらしいからな」


「鬼って、あの『桃太郎』に出てくる鬼!?」


「桃……まあ、そうだな。俺が聞いたところによると――」


 三月は伝え聞いた話をした。


 五百年ほど前、四匹の赤鬼が鷹尾山を襲撃した。

 山の集落を襲って人間を食い殺し、駆けつけた烏天狗たちに襲いかかった。大きな身体で妖力を使って暴れまわる鬼に対し、烏天狗たちは神通力を駆使して攻防。三日三晩の壮絶な戦いの末に、鬼たちは退治されたという。


「お父さんは、そのとき顔に傷を負ったんだ……」


「うん。でも、顔の傷だけで済んで運が良かったんだ。その戦いで父さんの兄弟がふたり亡くなったらしい……それからは烏天狗の修練も、より一層厳しいものになったんだって。そんな中で大天狗になるなんて、ほんとすげえよな……」


 三月の目が遠くを見つめる。


「そうだね。そんなひとがお父さんだなんて、三月も誇らしいでしょ」


 莉子の言葉に、三郎は複雑な表情を浮かべた。


「偉大すぎる父親を持つのも色々となあ……俺は穏やかに暮らせればそれでいいと思ってるのに、余計なことを言うやつもいるからね。あ、甘酒あるぞ。飲むだろ?」


 ふたりで神社の隅で甘酒を飲んでいると、れん千尋ちひろに偶然出会った。

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