第42話 満月の夜に
保育園では、気をつけなくてはいけないことがたくさんある。
食材の形状や硬さなどは、各年齢の発達に合わせて工夫する。食物アレルギーのある子どもは、命に関わるようなアレルギー反応を起こす場合もあるので、誤飲事故がないように気をつける。アレルギーの子も、みんなと一緒に食事を楽しめるように除去食や代替食の考案も行う。
子どもたちの笑顔には癒されるが、正直、仕事が終わる頃にはくたくたになる毎日だった。
家から保育園までは自転車で通っている。職場が近いのはありがたいが、風が冷たくなるこの季節、自転車を漕ぐのがだんだん辛くなってくる。
ひとりになると、余計なことばかり考えてしまう。
正直、身体を重ねてから、離れていると余計に寂しく感じる。
(半年も会ってないんだもん。そろそろ有給取って会いに行こうかなあ。うん、そうしよう! 行くんだったら早い方がいいよね。京都の冬は半端ない寒さだし)
わくわくしながら計画を立てているうちに家に着いた。
莉子の姉の
「ただいまぁ……あれ?」
家の中は真っ暗で人の気配がない。
「あ、そっか。お母さんたち、法事に行くって言ってたんだ。あー、コンビニ寄ってくればよかった! なんか食べ物あるかなあ」
寒さと空腹でよろよろしながら居間のドアを開けると、テーブルの上に夕食が用意してあった。莉子は母に感謝しながら、味噌汁を火にかけ、肉じゃがをレンジで温めて食べた。
* * *
今宵は満月。
莉子が部屋のカーテンを開けると、白く輝く月が見えた。
だが、よく見ると、月をバックに大きな黒い影が浮かんでいる。
「なに、あれ」
影はどんどんこっちに近づいてくる。
「まさか……」
莉子の目が見開かれる。
バサリと音を立てて目の前に現れたのは、黒い大きな翼を広げた三月だった。
「なんで!?」
莉子は慌てて窓を開けた。
「ただいま! ちゃんと修行を終えて帰ってきたぞ。入っていいか?」
「あ、うん」
三月が翼をたたみながら部屋に入ってきた。
「ほんとに修行終わったの?」
「ああ、最後の試練に手こずって、連絡も出来なかった。ごめんな」
「ううん。じゃあ、これからは一緒にいられるの?」
莉子が目を輝かせる。
「うん。俺も、もう莉子と離れるのは嫌だし。とりあえず、抱っこしていい?」
三月が大きく腕を広げると、莉子が腕の中に飛び込んだ。
「お帰り!」
(ああ、三月だ。三月が帰ってきた)
頬を両手で挟まれ、飢えを満たすような激しいキスをされた。息ができないほどの口づけが何度も繰り返され、頭がぼうっとしてくる。
「あー、やば。ちょっと止まんないかも。いったん離れよう」
「あのね、実は今日、誰もいないんだ」
「へ?」
「だから、泊まってく?」
「……いいの? 俺、絶対襲っちゃうけど」
「いいよ。わたしだって同じ気持ちだもん」
上目使いに見られて、三月がたまらず視線を逸らす。
「じゃあ、シャワーだけ貸して。風呂も入らずに京都から直行したから」
三月がシャワーを浴びているあいだに、莉子は急いで新品の下着に着替えた。
(ちょっと恥ずかしいけど、とっておきの着ちゃおう)
やがて、バスタオルを腰に巻いた三月が部屋に戻ってきた。
(うわあ、また一段といい身体に!)
胸板が厚くなり、すっかり大人の男の身体になった。伸ばしっぱなしの濡れた髪が、顔や体にしずくを落とす。溢れる色気にぞくぞくしながら見ていると、三月がじっと見つめ返した。その眼に欲望が浮かんでいるのを見て、莉子の身体が熱くなる。
(あー、ダメダメ。このままだと風邪引いちゃう)
莉子は三月を座らせ、ドライヤーで髪を乾かした。子どもの頃は、細くて柔らかかったのに、いつのまにかごわごわとした手触りに変わっていた。
「大人になったよね」
「え?」
「三月もわたしも」
莉子がモコモコしたルームウエアを脱ぐと、胸元に綺麗なレースの入った淡いピンクのベビードール姿になった。
ふっくらとした胸の谷間や真っ白な太ももに三月の目が釘付けになる。
「どう? こういうの好きかなと思って買ってみたんだけど」
恥ずかしそうに莉子が言う。
「すげえ、色っぽい」
三月は莉子を抱き締め、そのままベッドに押し倒した。
「莉子」
何度も名前を呼ぶ三月の頭を抱え、莉子は「会いたかった」とため息まじりにささやく。
身体の隅々まで愛撫され、このまま溶けてしまいそうだった。
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