第3話 化け物と呼ばれて

 授業開始のチャイムが鳴り、担任の佐々木が教室に入って来た。


「先生! 飯縄いづなくんが山に行っちゃいました」

 さっそく委員長が報告する。


「そうか。さっき警報が鳴ってたからな。ほら、みんな席に着けー」


 はあいと慣れた様子で生徒たちが席に着く。地元に住む彼らにとっては日常茶飯事だが、初めて見た生徒たちが数人、口を開けて固まっている。


「な、なに、あれ……」


 そんな彼らに佐々木がざっくりと説明した。


「驚いたひともいるだろうが、飯縄いづな鷹尾山たかおさんに住む烏天狗の一族だから、異変があったときは授業を抜けることも許可されてるんだ。まあ、そんなにたびたびあることじゃない。密猟者が悪さをしたとか、遭難者が出たときくらいだ。じゃあ、授業始めるぞ」


 鷹尾山には珍しい動植物が数多く生息しているため、国指定鳥獣保護区となっているが、違法な狩猟を行う者が後を絶たないのだ。


『なにそれ。そういう問題じゃないでしょ』


 莉子の耳に誰かの不満そうな声が聞こえた。


 ◇


 翌日、登校してきた三月に莉子が駆け寄る。


「大丈夫だったの? 昨日」

「ああ、密猟者が動物を乱獲してたから、らしめてやった」

「さっすが飯縄兄弟!」

 三月の友人の森田蓮もりたれんがはしゃいでいると、

「ちょっと、なんでみんな平気なの!?」

 昨日呆然としていた生徒のひとり、斉藤真理子さいとうまりこがヒステリックな声を出した。


「どういう意味?」

 蓮がいぶかしげに真理子を見る。


「だって、天狗なんて化け物じゃない」

「はあ!?」

「なんてこと言うのよ!」

 カッとした蓮と莉子を三月が止めた。

「ちょっと待って。俺が話すから、ね?」


 優しくそう言われて、ふたりはしぶしぶ引き下がった。


「えーっと、確か斉藤さんだよね?」


「確かって……そうよ」


「俺が烏天狗だって知らなかったの?」


「あっ、当たり前でしょ! 知ってたら来なかったわよ、こんな学校!」


「いや、この辺では誰でも知ってるもんだから……悪かったな、驚かせて。でも、どうすればいいのかな。今から他の高校に転校するのも大変だろ?」


「それはそうだけど……」


 口ごもる真理子に三月が言う。


「俺たちがきみに危害を加えることは絶対にないって約束する。斉藤さんから見たら化け物に見えるかもしれないけど、気持ちは普通の人たちと何も変わらないんだ。この学校には俺の兄ちゃんたちもいるんだけど、ふたりとも優しいし、頼りになると思うよ」


 三月の言葉に、なぜか真理子の顔が赤くなる。

(あれ? もしかして)

 女子たちが顔を見合わせた。


 その日の放課後、斉藤真理子と何人かの女子が教室に残って話をした。


「そもそも、斉藤さんってなんでこの学校に来たの?」


「そうそう。こんな田舎の学校、よっぽどの目的がなきゃ来ないよね」


「それは……面白そうな部活があるって聞いたから」


「へえ、何部? 斉藤さん、まだどこにも入ってないよね」


 追い詰められた真理子は、「あー、もうっ」と叫んだ。


「この学校を受験したのは、去年見た『天狗祭り』が忘れられなかったからよ。両親と一緒に来たんだけど、境内けいだいで烏天狗たちの戦いを見てびっくりしたの。舞台に飛び乗ったり、音が聞こえるほど殴ったり蹴ったり、ほんと凄かった! おまけに、お面を外した素顔がすごくカッコ良くて」


「どっちが? 一路さん? 瑛二さん?」

 睦美が突っ込む。


「……瑛二さん」

「へー」

 女子たちがニヤニヤと笑う。


「それで、どうしても会いたくなって、少し遠いけど親に頼んでこの高校に入学したの。でも、まさかだとは思わないじゃない!」


「あー、まあ、そうだね。この辺の子はみんな知ってるけど、知らないで来ちゃうと驚くかもね」


「かもねじゃないよ! はあ。バカだなあ、わたし」


「あのさあ、さっきから聞いてると何が問題なわけ?」

 莉子がイライラした口調で言う。


「好きになった人が烏天狗だからって何がいけないの? 別にいいでしょ!」


「ええっ、だって人間じゃないんだよ?」


「だから何!?」


「まあまあ、落ち着いて」

 睦美があいだに入る。 

「瑛二さんて、この学校ですごくモテるんだよ? 優しいし、顔はきれいだし、バスケット部のエースだしね。烏天狗だからって誰も気にしてない」


「そうだよ。それに、いくらショックだったからって、あんなひどい言葉を投げつけるなんて、最低だと思う」


 莉子に言われて、真理子がハッとした表情を浮かべた。


「それは……言い過ぎたと思ってる」


「恋愛うんぬんは置いといて、斉藤さんはこの学校をやめる気はないんでしょ?」


 クールな副委員長、田中千尋たなかちひろが訊いた。


「まあ、今さらそんな我儘わがまま言えないしね」


「わかった。じゃあ、この件はお終いにしよう。いいよね、みんな?」


「うん」「わかった」「あとは千尋にまかせるわ」 

 しっかり者の副委員長は皆に信頼されていた。


 教室に真理子とふたりだけになると、千尋が言った。


「この学校に残るなら、烏天狗を批判するようなこと言っちゃ駄目よ。彼らの隠れ信者はたくさんいるんだから」


「え……」


「あんたの言う“化け物”は、この町ではヒーローだってこと。瑛二さんが気に入ってるなら推し活でもすれば? あのひとモテるからファンの扱いがうまいらしいよ。せっかくときめいたんだから、楽しめばいいじゃない」


「ずいぶんお優しいのね」

 皮肉っぽい言い方だが、千尋は気にしない。


「わたしはこのクラスが気に入ってるから、変な波風立てられちゃ困るのよ。人間とか烏天狗とか関係なく、ちゃんと彼らと向き合ってみれば?」

 

 そう言い残すと、教室を出て行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る