第32話 残念イケメン

 突然歩み寄ってきた金髪碧眼の男。

 メルは咄嗟に響之介と葵に隠れるようにし、フードを深く被り直す。


 メルとしては自分の素顔が知られていないのは分かっている。しかしかなり以前とはいえ護衛までしてくれた相手に思うところがあり、顔を合わせづらいのが本音である。


「貴殿らがあちらのサムライマスター殿のお仲間でしょうか」


 先程までの真紅郎と対峙していたときとは打って変わった物腰柔らかな態度。

 しかもかなりの美男子とくれば女性であれば喜んで対応する者も多いだろう。


 しかし、葵の場合は違った。


「あの、突然どなたですか?」


 かなりの警戒心……いや、むしろ敵対心を隠すことなく威嚇するかのように睨み付ける。


 女性から余りそういった感情を向けられたことのないアーウィンは戸惑ってしまい言葉が出ない。


 その後ろで珍しいものを見たようなマチルダが目を大きく開く。


「葵殿、こちらはローランフォード聖王国からいらしたアーウィン殿で御座る」


 マチルダと共にすぐ後ろを着いてきた真紅郎がすかさずフォーローを入れ紹介する。


「あっ、えっと、私は同じくローランフォードの神官騎士のマチルダだ」


 真紅郎の紹介にあわせてマチルダも自分の名を告げる。


「そうですか……よろしくお願いしますマチルダさん。私は葵と言います。彼は響之介で、こちらがメルさんです。それで私達にどういった御用で」


 アーウィンの時とは違い当たり障りなく対応する葵。


「えっと、俺は……」


 アーウィンが再度、自分の名前を名乗ろうとする。

 すると葵が鋭い視線を送り遮る。


「名前は聞いています。必要ありません」


「あの、済みません。葵は男が苦手でして、特にその容姿の良い方の方が特に拒絶反応が酷くて」


 響之介が申し訳なさそうに説明してくれる。

 概ねそうなった原因はラードにあるのだが、流石にそこまで説明はしない。


「そう言う事なら、アーウィンは引っ込んでてもらって、私と話をしよう」


 マチルダが優しく微笑みかけて葵の警戒心を解こうと試みる。


「なっ、なんであいつは大丈夫なのに」


 しかしアーウィンとしては真紅郎が大丈夫なことに納得いかず、なおも食って掛かろうとする。


「いゃぁ」


 そんなアーウィンの圧に葵が怯えの表情を見せる。


「……いい加減になさい! 騎士ともあろうものが女性を怯えさせてどうするのです」


 そんなアーウィンに大声で怒鳴りつける声が響く。

 苛立ちを隠せなくなったメルが発したのだ。


 折角、葵と響之介の後ろに隠れ目立たないようにしていたのだが、視線を一気に集めてしまう。


 顔はフードで隠れていた為、特に目についたのはそのビスチェアーマーで強調された豊満な胸元で。


『でっ、でかいな……うらやましい……』


 マチルダがそう思い。


『くっ、なんとハレンチな。やはり豊満な女性でもメルセディア様のように慎み深くあるべきだろう』


 アーウィンもそう思いつつも目が自然と向いていた。

 真紅郎はさっとメルに向けられた視線を遮るように立ち、やんわりと注意を促す。


「あまり拙者の婚約者をジロジロ見ないで欲しいで御座るよ」


「いや、これは失礼しました。それからアーウィン、そちらの方の言うとおりだ。この場は私が話をしておくので少し席を外してくれないか」


「くっ、分かった」


 叱責されたこともあり、これ以上拗らせるといけないと判断したアーウィンは、悔しそうに真紅郎達を見ながら待合室のロビーへと戻る。


「私の相方が失礼した。代わりに私が謝罪します……不快な思いをさせて申し訳ない。その上で話を聞いていただきたいのだが」

 

「ええ、俺は構いませんよ。葵もあの人がいなくなったんだから、それで良いだろう」


 響之介が葵を宥めるように頭をポンポンする。


 「元々、私はマチルダさんからなら話を聞くつもりだったわよ」


 拗ねた口調だが態度は満更でもなく少しづつ機嫌を取り戻していく葵。


 そんな葵を見てメルが真紅郎の背中越しに頭をグリグリと押し付ける。


 すぐに何の事だか察した真紅郎。だがマチルダと向かい合っている状況で後ろに隠れるメルの頭を撫でることは出来ない。

 しかし、メルの余りのグリグリ要求に屈した真紅郎。


「少しだけ失礼するで御座る」


 そう言ってマチルダに背を向ける。

 すると丁度グリグリする頭が真紅郎の胸元に当たる。真紅郎としては身体を擦り付ける猫のように愛らしく感じ、愛しい存在の感触をいつまでも楽しんでいたかった。

 しかし、実際はそういうわけにもいかず。

 惜しみつつ、頭を優しくポンポンと撫でるだけに留める。


 期待に応えてくれた真紅郎に、嬉しさが止まらないメルは顔を上げて満面の笑みで返す。ここがギルド内で無ければ間違いなくその後にキスをしていただろう。


 そんな目の前で展開されるバカップルな空間にマチルダは顔を青くしていた。


『何なのだ、この空間は固有領域でも展開しているのか?』


 そう思わせるくらいに二人から滲み出る胸焼けするような空気感に気圧される。


 響之介と葵は、そんなマチルダを懐かしい風景を見るような目で見る。


 しばらく空気に呑まれていたマチルダだが、何とか場の空気から抜け出す事に成功する。これ以上は色々と不味いと判断し、気を取り直して話を切り出す。


「あの聞いて頂きたいのだが、これから真紅郎殿には私達と付き合って……」


 そこまでマチルダが言いかけた所で今まで感じたことのない底冷えするような冷たい殺気を感じる。


「ふっふっふっふ、私を前にして旦那様と付き合うってどういうことなんでしょうか……」


 元聖女とは思えないドス黒いオーラがメルに渦巻く。その雰囲気に真紅郎はいち早く気付きメルを宥める。


「これメル。早とちりが過ぎるで御座るよ」


「えっ!?」


 真紅郎に諭されてメルが我に返る。

 マチルダも嫌なプレシャーから開放されようやく言葉を続けられる。


「付き合うというのはオロチ塚の最下層の案内役としてでして、ローランフォード聖教会の代表として聖女最後の地に手向けの祈りを捧げにと」


「あっ、ゴメンなさい、ゴメンなさい。私どうかしてました……そんな事にも思い至らないなんて、本当に情けないです」


 メルは恥ずかしい勘違いと、自分のために危険なダンジョンに入って追悼してくれることに申し訳無さから、居た堪れない気持ちになる。


「そいうことで、拙者も同行しようと思うで御座るよ」


 最初は余り乗る気ではなかった真紅郎も、メルの表情から考えを変えて護衛を買って出る。


「まあ、真紅郎さんが決めたのなら俺たちは構いませんが」


 響之介の言葉と共に葵も頷いて同意してくれる。


「旦那様。それでしたらどうかよろしくお願いします。響之介君達は私がしっかりとサポートしますので」


「うむ。任せるで御座るよ。というわけでマチルダ殿。皆からは許可を得られたので改めて依頼を正式に受けさせて頂くで御座る」


 真紅郎はそう宣言してマチルダに手を差し出して握手を求める。


「こちらこそ宜しく頼みます真紅郎殿」


 とりあえずわけの分からない状況から開放されたこともあり、マチルダから自然と笑みが溢れる。そして嬉しそうに真紅郎の手を取り握手する。

 

「では、改めて正式な手続きを。皆様には申し訳ありませんが、もうしばらく真紅郎殿の時間をお借りする」


 マチルダは三人に改めて頭を下げると真紅郎を連れてギルドの受付へと向う。


 それを見送る三人。

 何気なく葵が呟く。


「それにしてもマチルダさんって方お綺麗でしたね。勿論メルさんに及びませんが」


「メルさんも不安になりますか? まあ真紅郎さんに限ってそんな事は無いと思いますが」


 響之介としては二人の普段からの蜜月ぶりを知っているからこその冗談だった。


「勿論旦那様の事は信頼してますが……」


 そうメルとしては真紅郎の事は全面的に信頼している。ただマチルダに関しては、教会にいた時に顔を合わせた事がなく人柄は分からない。


『まあ、いくら旦那様が魅力的だとしても、聖教会の信徒が色恋に落ちることはないでしょう』


 そう自分自身に言い聞かせるように心の中で呟く。

 しかし、メルの頭には無かった。

 最近、教会の最高峰の立ち位置にいながら恋に焦がれ愛のために還俗した者がいた事を……。


 そう自分自身の事を。





―――――――――――――――――――


読んで頂きありがとう御座います。

評価して頂いた方には感謝。


執筆のモチベーションにもつながるので。


☆でも☆☆でも構いませんので少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。

もちろん☆☆☆を頂けたら凄く、凄く喜びますので、どうかよろしくお願いします。



 

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