第17話 救出

 修験窟。

 そこは湧き出る瘴気の量が少ない事から、封印せずに、ギルドが初級者向けの修練を目的としたダンジョンとして管理していた。


 よって3階層までは比較的弱い魔物しか出ない筈だった。

 そして響之介もそのことを分かっていた。

 だから昨日の鬱憤払しと自らの修練も兼ねてダンジョンに潜った。


 実際に三階までの敵は難なく倒せていた。

 だからこそかもしれない、響之介もどこかで油断していた。

 目の前に現れたトレジャーに安易に飛びついてしまった。

 確かに通常ダンジョンで出現する宝箱はトラップが仕掛けられてる事は殆どない。しかし、殆ど無いだけで稀にトラップ付きの宝箱は存在する。そして冒険者はその万が一に備える。しかし響之介はそれを怠った。


 宝箱が開放されると同時に仕込まれていた召喚術が起動し、地面に召喚陣が浮かび上がる。


 そして現れたのは、このダンジョンではあり得ない高レベルの魔物。ゴーレムだった。


 そこで響之介は二度目の間違いを冒す。

 無謀にも戦いを挑んでしまったのだ。

 響乃介としては、トラップとはいえ下級ダンジョンにそこまで強力な魔物が出現するとは思っていなかったからだ。


 もしこれがゴーレムでもまだ低級なゴーレムなら、今の響之介でも何とか倒せないまでも、対処出来たかもしれない。


 しかし、相手が悪かったゴーレムでも最強クラスのゴーレムでは、響之介の実力ではどう足掻いても勝てる相手では無かった。


 正に彼の命は風前の灯であった。




 ダンジョンに潜った二人。主にメルが先頭に立ち、愛刀となった風薙を振るい、ボールスライムやビックラットなどの雑魚を圧倒して倒して行く。


 そうして三階層まで難無く辿り着いた時、大きな衝撃音が響いてきた。


「メル」


「はい、急ぎましょう旦那様」


 ただ事ではない様子を察した二人は音のした方に急いで向かう。


 駆け付けた先は少し大きめなフロアで、そこには巨像が今まさに倒れてボロボロな冒険にとどめを刺そうとしていた。


 そして大きな拳が振り下ろされる瞬間。

「キィン」と甲高い金属音が鳴り響いた。


 その音に合せるかのように、振り下ろされていた巨像の腕がスライドして地面に落ちる。正に標的であった獲物の冒険者に届く直前、ギリギリのタイミングで。


「危なかったで御座る」


 真紅郎は一言そう呟くと、直ぐに倒れていた冒険者を担ぎ上げ、メルの元へといったん退く。


「メル。直ぐに治癒をお願いするで御座る」


「はい、おまかせ下さいって、響之介君じゃないですか」


 真紅郎が担いできた冒険者が響之介だと分かり、慌てて全力での回復術式を展開するメル。


完全治癒パーフェクトヒール】により全身の砕けた骨まで再生する。しかし響之介の意識はすぐには戻らない。


 そんな二人を守るように、巨像に立ちはだかる真紅郎。


 背後で響之介の回復を終え、支援に回ったメル。

敵影解析ディテクトエネミ】で敵を解析する。


「旦那様。あれはミスリルゴーレムです。通常このダンジョンに出てくるレベルの魔物ではありません」


「ふむ、では核を破壊しないと倒せないで御座るな」


 真紅郎の言葉通り、ミスリルゴーレムは切り落とされた腕を拾い上げ、切断面に押し付けるだけで再生を果たしてしまう。


 真紅郎はそれでも怯むことなく、オロチによりボロボロになった愛刀【仁王丸】の代わりに持ち替えていた来栖國寿クルスコクジュ作の名刀【春雷】を向けて敵意を放つ。


 ミスリルゴーレムはその敵意に反応するように、その巨体に似合わない速度で間合いをつめると、強力な拳を打ち込んでくる。

 さすがの真紅郎も繰り出された重質量の拳をまともに捌けば刀の方が保たないと判断する。

 瞬時に見切りを付け拳を紙一重で交わしつつカウンターで斬撃を繰り出す。


 ミスリルゴーレムはその斬撃を躱すことが出来ず四肢を切断される。ゴーレムはそのまま、まるで壊れた人形のように崩れ落ちる。

 しかし、本体の中央部が淡い光を放つと、まるで磁石に引き付けられるように切り離されていた四肢が繋がる。


 そんな無傷で再生したゴーレムに怯む様子もなく真紅郎は笑みを浮かべる。


「なるほど核の場所はそこで御座るか」


「旦那様。サポートしますか?」


「いや、万が一に備えて防御に徹してくれたほうが安心して攻撃出来るで御座る」


 真紅郎はそうメルに伝えると、納刀し前屈みの体勢になる。もし相手が剣客なら居合いの構えとみて迂闊に近づくことを躊躇うかもしれない。


 しかしミスリルゴーレムはそんな事を知る由もなく、再度突撃してくる。

 そして、その質量に任せた重い拳が真紅郎に届いたと思った瞬間だった。

 拳の先から真紅郎が消え、いつの間にかミスリルゴーレムの背後へと移動していた。

 それと同じタイミングで「カチャ」っと刀を納める音が響く。音とが鳴ると共にミスリルゴーレムが真横に切断されずれ落ちる。


「やりました。さすがは旦那様です。ミスリルをも切り裂くなんて」


「月影流に切れぬ物なしで御座るからな」


 真紅郎が造作もないことのように告げる。

 しかし、その剣技は縮地による超高速移動術と、無拍子からの居合い抜きを組み合わせた天乃月影流の奥伝の妙技【閃光迅雷】だ。切られたものは切られたことにすら気付かないという神速の斬撃。

 もし響之介の意識があったならその技を見れたことを喜んだに違いない。ただ、響之介の実力で真紅郎の動きを視認できたかどうかまでは分からないが。


 そして四肢を切断された時とは違い、ピクリとも動かなくなったミスリルゴーレムを見て、メルが嬉しそうに話しかける。


「旦那様。これだけの量のミスリルですから、響之介君と半分にしてもかなりの収益になりますよ」


 メルはアデルパーティの予算をやり繰りしていた事もあり、実はお金の管理にはシビアだ。もちろんそのことは真紅郎も知っている。一緒に飲んだ時などに放蕩三昧の三人に対して頭を悩ませている姿を見ていたからだ。


「分かっていたことだが、メルがしっかり者で頼もしい限り、我が家の家計も安心というもので御座るな」


 真紅郎はメルの言葉から何気なく今後の結婚生活を想像する。


「もちろんです旦那様。ようやく浪費癖のある三人からから開放されたのです。これからは計画的にお買い物しましょうね」


 メルにしては有無を言わさぬ圧で真紅郎に笑いかける。三人に対してよほど腹に据えかねていたらしい。真紅郎もそのことを察して頷く。



「んんっん」


 二人がそんなやり取りをしている間に、ようやく響之介が意識を取り戻す。


「おお、響之介殿。無事で何より、さすがはメルで御座るな」


 見たところボロボロだった体も完治している様子に真紅郎も安心する。


「いえ、旦那様こそ、あの一撃を食らっていたら恐らく私でも回復は無理でした」


 メルが何気なく言葉にするが、回復魔法の最上位である【完全治癒パーフェクトヒール】でも回復出来ないということはつまり死亡ということである。


 つまり響之介は二人が来なければ初級ダンジョンで命を落とすことになっていたのだ。





―――――――――――――――――

アイテム解説


春雷シュンライ

 等級:ユニーク

 特性:クリティカル時防御耐性無視/雷属性付与/雷耐性上昇

 落雷に耐え雷の力を宿した刀。



術式&スキル解説



完全治癒パーフェクトヒール

 上位聖魔術式

 全身のあらゆる傷を完全回復させる。

 但し欠損部分は再生出来ない。


敵影解析ディテクトエネミ

 汎用魔術式

 敵対相手のステータスを確認する。

 魔術抵抗力が高い相手にはレジストされる。


【閃光迅雷】

 天之月影流奥伝

 縮地と無拍子を組み合わせた居合い抜き。

 回避不可のクリティカルカウンター。

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