第18話 帰還

 目が覚め、意識がハッキリとしだした響之介が、目の前の真紅郎とメルを不思議そうに見つめる。


「あの、何故二人が? それに俺は……そうだゴーレムです。とんでもなく強いゴーレムが現れて」


 響之介は、自分の置かれた状況をようやく思い出し慌て始める。


「ああ、大丈夫ですよ安心してください。それならそこに転がってますから」


 メルがそう言って優しく語りかけ、指差した先にはミスリルの塊。

 響之介は状況が理解できず頭の中が真っ白になる。


「しかし、響之介殿。何が起こったので御座るか? 普通このダンジョンで出てくるレベルの魔物では御座らんよ」


 そんな響之介に真紅郎は疑問を投げかける。


 真紅郎の言葉で響之介は我に返り、状況を推測することが出来た。


 恐らく自分は二人に助けられたのだと。


 響之介はゴーレムからの強力な一撃をもらい、その時点でライフフィールドは削り切られ、直接的に全身が砕けるような痛みを味わった。

 そこから記憶がない事を考えると、その時点で意識を失ってしまっていたのだろうと考えた。


「お二人共。助けていただきありがとうございます。それで、あのゴーレムは俺がうっかり開けた宝箱のせいでして、モンスターコールの罠に引っ掛かってしまったんです」


「成る程。しかしトラップの宝箱とは、拙者もお目にかかった事のない代物で御座るな」


「私は三度ほどですね。しかもモンスターコールであのレベルが呼び出されるなんてかなり貴重な出来事ですよ」


 響之介にすれば命を落としかけたので、確かに貴重な体験かもしれないが、二度とゴメンだという気持ちが強いだろう。


「はあ、自分の油断とはいえ、本当についていないです。まさかこんな初級ダンジョンで死にかけるなんて」


 俯いて疲れた表情の響之介をメルが心配そうに見る。そこでメルは響之介の気になる点を見つける。


「あの響之介君。その腕輪型のアミュレットは?」


「これですか? これは以前中級試験前にアオイから貰ったもので、なんでも幸運の御守りだとか」


 嬉しそうに話す響之介に対してメルが苦笑いを浮かべる。


「その失礼だと思いますが、その御守りを鑑定させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんが」


 メルの提案に不思議そうにしながらも許可を出す響之介。

 メルはすぐさま【物品鑑定アプライザル】で響之介の腕輪を調べる。


「……その【アミュレットオブファタル】は以前に目にしたことがありまして……念のため今確認しましたがやはり間違いありませんでした」


 メルが沈んだ表情を見せる。

 響之介は不安になって尋ねる。


「そのこの腕輪は、幸運の腕輪ではないのですか?」


「……はい。その言いにくいのですが実際は不幸を招く呪いが掛かっていまして」


「なっ、それって」


 響之介の顔が驚きと絶望の表情に変わる


「つまり、その腕輪をつけると不幸にみまわれると言う事で御座るか?」


 真紅郎が遠慮なしに尋ねる。


「はい、しかもかなり強い呪いでして……もしかしたらミスリルゴーレムが呼び出されたのもこの腕輪が招いた不幸かもしれません」


 気の毒そうな顔でメルが告げる。


「くっ、そんな、なんでだよ……葵のやつこんな回りくどいことなんてしなくても……」


 どうやら葵に仕組まれたものだと思ったらしい響之介が悔しげに唇を噛む。


「ちょっと待つでござる響之介殿。そなた悪意を持ってこれを葵殿が渡したと思ってないで御座るか?」


「しかし、言われたように、これを貰ってから中級試験でしょうもないミスをするし、やることなすこと上手く行かなくて……」


「では聞くが、これを渡したときの葵殿は『しょうがないから、これあげる』みたいな感じではなかったのではないで御座るか?」

 

 先日見たツンデレな態度を想像して真紅郎が響之介に尋ねる。


「確かに、そんな感じで押し付けてきました。やっぱり葵のやつ俺を陥れようと」


「ちがう、ちがうで御座るよ」


 葵に対する負の感情を強める響之介に待ったをかける真紅郎。

 その隣でメルが真紅郎に耳打ちする。


「うーん、旦那様。何があったか知りませんがどうやら二人の関係が拗れてるようですね。あと、葵さんのツンデレ全く伝わってませんね」


「伝わっていないとどうなるで御座るか?」


「それだとただ単に高圧的なだけの嫌な娘になってしまいますね。今までは幼馴染補正で受け入れていたのかもしれませんが、好意が反転してしまえばそれも無くなりますから……」


「真意が全く伝わらないで御座るな」


「はい、距離が縮まるどころか離れてしまうと思います」


「では、そんな二人が仲違いして得する人物が居るとしたら好都合で御座るな」


「例の男ですね」


 メルの言葉に真紅郎が頷く。そして俯いたままの響之介に、発破を掛けるため強めの口調で話しかける。


「響之介殿、いや響之介!」


 突然穏やかだった真紅郎から大声で名前を呼ばれ驚いて顔を上げる響之介。

 そんな少し戸惑い気味の響之介に、真紅郎は強い口調で話を続ける。


「そなたそれでも武人の端くれで御座るか? 好いたおなごも信じることが出来ず、ウジウジと一人で雑魚刈りしたあげくに、己の失敗を物のせいにするなど情けないで御座るよ」


「くっ、なら真紅郎さんはメルさんから死ぬかもしれない贈り物を貰っても、喜んで受け取るということなんですね」


 真紅郎の言葉に納得いかない響之介が食って掛かる。しかし真紅郎は迷いなく即断で答える。


「もちろん。メルからのプレゼントに喜ばないはずがなかろう」


 しかし、響之介は真紅郎の答えを見越したように言葉を返す。


「そんなの、口では何とでも言えますよ。死ぬかもしれない品物を貰って喜ぶ人なんて居るはずが無いじゃないですか!」


 そんな、もっともな正論に真紅郎は首を傾げる。


「ふむ、そもそも前提条件が違うで御座るよ」


「……前提条件って、真紅郎さんは何が言いたいのですか?」


「だから前提条件としてメルが拙者に死ぬような物騒な代物を渡して来るわけないで御座るよ」


「そんなことを言ったら元の話自体を否定してるじゃないですか」


「否定してなどないで御座る。もっとシンプルな話で御座るよ、仮にメルが拙者が死ぬような代物をプレゼントしたとしたら、きっとそれはそんな物騒な代物だと知らずにプレゼントしたので御座ろう」


「なっ、そんなの屁理屈じゃ」


「では、聞くで御座るが、葵殿は態々遠回しで相手を陥れるような卑怯なおなごで御座るか?」


「違う。葵は気が強いけど、いつも真っ直ぐで、口煩くて少し暴走気味なところはあるけど、なんだかんだで俺の事気に掛けて……あっ」


 そう答えた響之介にメルは嬉しそうに微笑む。


「つまり、そう言うことですね。お酒の席で話した時も、葵さんは真っ直ぐで素敵な方でしたよ」


「じゃあ葵は本当にこれを幸運の御守りと思って……」


「恐らく、信用している誰かからそう言われてもらったのではないで御座るか」


 真紅郎は何となく犯人に目星を付けている。

 そして、これが事実と確認出来たのならギルドの懸念が正しい事になる。


「ハッハッ、ばっかだなろくに調べもしないで、でも葵らしいかも、疑う事を知らないから……きっと本気でそう信じて、俺のためになるからって……ハッハ馬鹿なのは俺も同じか葵を疑うなんて、どうかしてた」


 ようやく響之介の憂いていた雰囲気から、憑き物が落ちたように晴れやかなものに変わる。


「では、帰って葵殿から詳細を聞かねばな、その物騒な代物はこちらで預からせてもらっても構わぬで御座るか?」


「分かりました。これは真紅郎さんにお預けします」


 響之介は言われた通り腕からアミュレットを外すと真紅郎に手渡す。


「メル。一応確認するが、身に付けなければ呪いの影響はないで御座るな」


「はい、あくまで装備している者に災いをもたらすものですから。所持しているだけなら問題はありませんよ」


 メルから確認を取り真紅郎はアミュレットをしまう。

 真紅郎はそのまま街に戻るつもりでいたが響之介が呼び止める。


「あの、それで葵のところに行く前に、この場を整理しないといけないと思うのですが」


 響之介が指摘したのはミスリルゴーレムの残骸とその元凶となった宝箱の存在だった。


「ミスリルに関しては折半で、トレジャーに関してはまず確認してみましょう」


 そのメルの提案に響之介が首を振る。


「いえ、ミスリルゴーレムに関しては倒されたのはお二人ですし俺に権利なんてないと思ってます」


「あら、そこは喜ぶところですが、響之介君は律儀なのですね。でも冒険者の報酬において発見者にも権利があるのは知っていますよね」


「それは、そうですが」


 相手が山分けでいいと言っているにも関わらず不服そうな響之介。


「ははっ、その心持ち拙者は好きで御座るが、先輩の顔も立てるで御座るよ。仮に今の状況を知らない人が見れば、拙者達は後輩から美味しい獲物を横からかっさらった心無い先輩冒険者に見えないこともないで御座るよ」


 響之介とすれば助けてもらった恩義はあるが横取りされたなんて微塵も思っていない。真紅郎の言葉はただの方便だということも理解していた。たからこそ、ここで頷かなければ真紅郎の好意を無下にし顔を潰す事になる。


「分かりました。助けてくれた上でのご好意感謝します」


 響之介は深く頭を下げて感謝の意を示す。


「それではミスリルの方は話がまとまったところで、お楽しみのトレジャーチェックです。では発見者の響之介君確認してください」


 メルは先程の流れを踏まえて、発見者として響之介に中身を確認させ、それをメルが【物品鑑定アプライザル】で調べる。


 そして確認した中身はというと……。


・きみょうなけん? → カシーナ・ブレンダー

・あおいくすり? → ハイポーション

・ふるいゆびわ? → 精霊石の指輪


 三つの品だった。

 

「おお、これは珍しい剣で御座るな」


 基本的には刀マニアの真紅郎だが珍しい品に興味を示す。


「歪な剣ですね」


 響之介の言葉通り、その剣は刃が四つもあるが斬るためとは思えない作りだった。


「これはある意味名剣でござるよ。何せ誰が使っても相手を切り裂く事の出来る代物で御座るからな」


「はあ、これがですか」


「まあ、拙者には不要で御座るからな。中身は全て響之介に譲るで御座るよ」 


「えっ、そんなの悪いです。ミスリルまで頂いたのにこれ以上となると」


「構わんで御座るよ。嫌味に聞こえるかもしれぬが拙者達のレベルでは使わぬ品物。であるなら必要とする者が使うほうが良いというもの」


「そうですね。この指輪なんて葵さんと仲直りの印に贈ると喜ぶんじゃないですか、もちろん呪われてなんかいませんし、それどころか精霊の加護が付与されるので喜ばれるのではないかと」


 真紅郎とメルの言葉に感極まり涙ぐむ。


「何から何までお二人には……本当にありがとうございます」


 響之介はもう一度深々と頭を下げて感謝の気持を示す。

 その姿を見て真紅郎とメルは微笑み返す。


「では戦利品の整理も終わったことで、今度こそそ行くでござるよ」


「はい旦那様」


「俺もちゃんと葵と話しをします」


 響之介も何かを決意した表情を見せる。


 そうして三人はメルの魔術で早々にダンジョンから脱出するとイズモの街に戻るのだった。 

  


 

―――――――――――――――――

アイテム解説


【ハイポーション】

 アイテムランク:E

 外傷を癒し、生命力を回復させる薬。


【アミュレットオブファタル】

 等級:レア(カース・ルーイン)

 特性:アイテムドロップ率上昇

(隠し特性):マスクステータスに『空亡』付与

 幸運を呼ぶとされるパワーストンを埋め込んだ腕輪型の御守り。

(身に着けている者の運気を極端に下げる不幸の御守り)

 ※()内の情報は高レベルの鑑定でなければ解析不可。

 

【カシーナ・ブレンダー】

 等級:エンシェント

 特性:相手物理耐性低下/腕力強化/追加固定ダメージ

 古代技術により刀身が高速旋回する機械式の剣。


【精霊石の指輪】

 等級:レア

 特性:エレメント系属性耐性上昇/魔力強化

 精霊の力を宿した石をはめ込んだ指輪。


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