閑話 暁光③
葵は少し遅めに目を覚ます。
昨日はすれ違いから響之介と喧嘩してしまい、誤解させたまま別れたことで一晩中眠れぬまま朝を迎え、疲れから気を失うように寝てしまったからだ。
そうしてようやく目を覚ました葵は、今度こそ誤解を解くべく響之介の部屋へと向かったのだが響之介の部屋には誰もおらず荷物すら見当たらなかった。
『まさか』
最悪の予想が葵の頭を巡る。
もしかしてパーティを抜けて一人で出て行ってしまったのではないかと。
慌てて部屋を出ると宿屋の受付に確認を取りに下へと降りる。
その途中、すれ違いの原因となった人物に声をかけられる。
「葵君どうしたんだい、そんなに慌てて」
「あのキョウが、キョウが、居ないんです」
「ああ、それなら響之介君は朝早くに出掛けて行ったよ、声を掛けたらひとりで考えたいことがあるからと言って」
「あの、その時私のことを言っていませんでしたか?」
「確かに深刻そうな顔をしていたけど特には……何かあったのかい、良ければ相談に乗るよ」
優しい声色で葵を労る様子を見せるラード。しかし葵はそのことに苛立ちを覚える。
『あなたのせいでキョウが勘違いしたのよ』と。
しかし、直ぐにそう思わせてしまった自分が悪いのだと気付き、ただの八つ当たりだと反省し押黙る。
そんな様子の葵を見てラードが口を開く。
「ふぅ、もしかして僕のせいで喧嘩しちゃったかい?」
「えっ、どうして」
ラードに言い当てられ、葵は思わず動揺してしまう。
「そっか、当たりか、それなら一度ちゃんと話しておかないといけないね響之介君の為にも」
「それって、キョウのためって、どういうことなんですか? 教えて下さい」
ラードの口から出た響之介のためという言葉に思わず反応して詰め寄る葵。
「落ち着いてくれ葵君。ここでは何だし落ち着いたところでちゃんと話がしたい、大丈夫かい?」
「……分かりました」
直ぐにも話を聞きたい気持ちを抑え葵は頷く。
そしてそのままラードの後を付いて宿を出る。
向かった先は町外れの広場。
「あの、こんなところで話を?」
疑問に思った葵が尋ねる。
「ここなら、街の人の迷惑にならないからね」
そう言うとラードは自身のストレージボックスからスクロールを取り出すと地面に置く。
するとスクロールが発光し召喚陣が展開されると小規模なコテージが目の前に現れる。
これは移動商人や、時には羽振りの良い冒険者なども使う事がある召喚式の代物だ。
「凄いですね。ラードさん召喚式コテージをお持ちでしたんですね」
葵は下級クラスの冒険者では持ち用のない品に驚く。
そんな葵をラードは優しい眼差しで見る。
「本当はイズモに来る途中も使おうかと思ったんだけどね。皆を畏縮させてしまうかと思ってさ。ほら自慢みたいにもなるだろう」
ラードはおどけながら葵に話しかける。
「ふっふ。ラードさんらしいですね私達の為に気遣ってくれて、私達と一緒に野宿してくれたんですね」
それが功を奏したのか張り詰めていた葵の緊張が解ける。
「まあ、もう見せてしまったし今度は皆で使うことにするよ」
ラードはあえて皆で使うという旨を強調しコテージに入っていく。
葵も言葉の通りに受け取り、今度の移動は楽になるかなと思いつつ後について中へと入る。
中には調理台にテーブルやソファ、それと就寝用の大きめなベッドも設置されていた。
ラードは大きめのソファに腰掛けると葵を見上げる。
「立ち話も何だし葵君も座ったらどうだね」
「えっ、でも……分かりました」
葵はソファがひとつしか無かった為、隣に座るのを躊躇してしまう。しかし、それだとラードを信頼してないような態度に見えるかもしれないと思い、少し間を取って隣へと座る。
ラードはそれを確認すると真剣な眼差しに変わり口を開いた。
「それじゃあ、まずは正直に話すと、実は朝、響之介に頼まれた事がある」
「それって、なに、何なんですか?」
ラードの言葉に、葵の落ち着き始めた気持ちがまたざわめき出す。
「落ち着いてくれ葵君。響之介君の言葉を伝える前に君の話も聞きたい。実は僕も響之介君の言葉の真意が分からないんだ。だから君から何があったのかを教えてほしい」
落ち着かない葵とは対象的に冷静に淡々と話すラード。その様子に葵も少しだけ落ち着きを取り戻し、響之介へのはやる気持ちを抑え、昨日起きた事を正直に話す事にした。
じっと話を聞いていたラードは話を聞き終わると突然、ソファから降りると地面に膝を付け頭を下げた。
「済まなかった葵君。僕のせいで君達の間に大きなわだかまりを作ってしまった。本当に申し訳ない」
突然の土下座に慌てる葵。
しきりに手を振り「謝らないで下さい」と言ってラードの側に寄ると頭を上げさせようとする。
葵自身、ラードより自分の行動の方に問題があったと思っていた為だ。
ことあるごとにラードと比較するような事を言い、知らないうちに響之介を傷付けていたのだと今なら理解することが出来ていた。
「お願いですラードさん。顔を上げてください、悪いのは私なんですから」
悲しげに呟く葵の言葉にようやくラードは頭を上げる。
「君は悪くない、やっと響之介君の言葉の真意がわかったよ」
「それって」
「君は悪くないよ……響之介君はね朝僕に会ってこう言ったんだ君のことを、葵のことを宜しくお願いしますって」
衝撃的なラードの言葉に頭が真っ白になる葵。
言葉の意味を捉えると、響之介が自ら身を引いたのだと理解できそうだが、そういう考えにも及ばない。
「どうして?」
漏れ出た言葉は疑問だった。
「決まってるだろう。響之介君は自分より葵君、君の幸せを願ったんだよ。そして本当は隠しておくつもりだったけどちゃんと伝えるよ」
「えっ、なに、どういうこと?」
状況が理解できず戸惑う葵に、ラードは強い気持ちを込めて告白する。
「僕は君が好きだ。愛している」
「なっ、何を言ってるのラードさん、私には……」
「そう響之介君がいた。だから僕はこの気持ちに蓋をするつもりだった。でも朝響之介君にお願いされて、今葵君の話を聞いて確信したよ、響之介君では君を守れない」
「嫌、そんなことない、キョウのこと悪く言わないで」
葵はラードの言葉を否定するように強く首を振る。その言葉が真実ではないと自分に言い聞かせるように。
「分かって欲しい。僕は君を失いたくない。愛してる君をどんな時も守ってみせる……そして響之介君では無理だ」
「そんなこと、そんなことない、キョウはいつだって……」
「君の言葉を信じなかったのにかい」
葵の響之介への気持ちを遮るようにラードが告げる。
「僕が同じ立場なら君の言葉を信じた。だって愛してる人の言葉だからね。でも響之介君は」
「ちがう、それは私が悪いから、勘違いさせるようなことして」
「そう、勘違いだ。だから君はそれを説明しようとした。でも響之介君は君を信じることが出来なかった。だから僕のところに来たんだろう」
「あああっ、そんな、私は、わたしは……うっうっ」
葵はラードの言葉の意味を理解し俯き涙を零す。
そんな葵をラードはそっと抱きしめると、思いを呟く。
「君が響之介君のことを強く思っているのは知っている。だから、君はそのままで良い。ただ、その上で僕が君の事を愛することを許してほしい」
ラードの言葉に涙を流す葵が顔を顔を上げる。
「どうして、なんで、わたしは、わたしは……」
そう言って再び俯くと咽るように泣き始める葵。
ラードはより強く葵を抱き締めると耳元で囁いた。
「君の事をアイシテルからさ」
そう言ったときのラードの表情は勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべていた。
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