第19話 危機的状況
真紅郎達三人が木漏れ日亭に着く。
早速葵の元へと向かうが部屋に葵は居なかった。
嫌な予感がした響之介は、宿に残っていた同じパーティの隼人と合流し葵の所在を確認する。しかし隼人は知らないということで、次に宿の受付に葵の行く先を聞いていないか尋ねてみた。
そして、帰ってきた返事は、同じパーティの男と二人で出掛けたという事だった。
つまり同じパーティの男というのは消去法でラードという事になる。
「くそ、ラードのやつ約束を破りやがって」
悔しげに隼人が呟く。
隼人としても元から約束自体を守るとは思っていなかった。だが思った以上に早く約束を破られたことで苛立ちが抑えられない。
「いや、俺が葵を信じきれてやれなかったせいだ」
そんな隼人の苛立ちに呼応するかのように、焦りを隠せない響之介が自分を責める。
二人がここまで苛立ち、焦るのも無理は無かった。
なぜなら、ここまで来てラードの事を信用置けない人物だと判断した真紅郎は、響之介とそのパーティメンバーである隼人に、ラードがパーティクラッシャーの可能性があると伝えていたからだ。
「それより、行き先に心当たりはないのですか?」
メルが心配そうな表情で尋ねる。
響之介は力なく首を振る。
「正直、分かりません。ただ葵の性格からして怪しいところへは近づかないと思うんですが」
そうメルの問に響之介がそう答えたときだった。
勢いよく宿の扉が開かれ、慌てた様子で隼人の妹である彩女が飛び込んできたのは。
「あっ、兄ぃに、キョウ君も……急いで、もしかしたら葵が大変なことに巻き込まれてるかも」
そう伝えてきた彩女に響之介が真っ先に反応する。
「彩女、葵を見たのか、どこで」
「あっ、うん、ラードさんと歩いているの見たから、前に兄ぃがラードさんと何か話してたのもあって、それで胸騒ぎがして気になって後を付けてみた」
「それで、葵はどこに」
「それが街のハズレまでは確かに後を追いかけたけど……でも突然居なくなって、それで何かおかしいと思って知らせにきた」
「分かった。直ぐにその場所に案内してくれ」
「うん。付いてきて」
彩女がそう言って急ぎ足で宿を出る。
響之介と隼人が後を追い、その後ろに真紅郎とメルが続く。
そうして辿り着いた場所は街外れの広場で、そこには何も見当たらなかった。
「ここまでは、二人の姿を遠目に確認出来てたんだ。で二人が何かやり取りしてて、そしたら急に地面が光って、眩しくて目を離した隙に、二人は居なくなってて、調べたけどここには何も見たらなくて、それで、それで……ごめん」
彩女も今、何か不味いことが起きていると感じ取っているのか口調が段々とあわただしくなる。
「いいや良くやった。ありがとう彩女」
隼人が彩女の頭を撫で落ち着かせる。
彩女の言葉を信じ、響之介と隼人が広場を探してみるが不審な点は見当たらない。
しかし、真紅郎とメルの目は誤魔化せなかった。
「これは、人払いの結界」
「はい、それとですが、かすかに魔力の残滓が」
「転移系は街中では使えないで御座るから」
「はい、状況と魔力の範囲から空間隔離かと」
「あの、お二人は何かわかったのですか?」
真紅郎とメルのやり取りに、たまらず響之介が声をかける。
「うむ、彩女殿が見た通り、二人はこの場所に居るで御座るよ」
「えっ、でもここには何も」
響之介の疑問にメルが答える。
「はい、何もないように見せかけているのです。空間系の結界のひとつですね。これから炙り出します」
「いやメル、無駄に魔力を使う必要は無いで御座るよ」
魔術を展開しようとしていたメルを真紅郎が呼び止める。
「旦那様何をなさるおつもりですか?」
さすがのメルも真紅郎のやろうとしていることが理解できなかった。
真紅郎はそんな不思議そうに見つめるメルに見守られながら名刀【春雷】を抜くと上段に構える。
「まあ、見ているで御座るよ」
真紅郎は長く、ゆっくりと、深呼吸をして目を閉じる。周囲もまるでそれの呼応するかのように時間がゆっくりと流れ、最後にはまるで時間が止まったような静寂が辺りを包む。
瞬間。真紅郎が動き、縦から横へと十字に空間を切り裂いた。これは天乃月影流の皆伝技のひと【裂空断】である。
するとガラスが割れるように空間にヒビが入りパラパラと崩れ落ちる。
そうして真紅郎達の前に今まで無かったコテージが姿を現す。
「……えっと、あの、何というか、さすがです旦那様。まさに月影流に切れぬもの無しですね」
メルも亜空間すら切り裂いた真紅郎の斬撃に言葉を失いつつも、改めて自分の旦那の凄さに誇らしい気持ちが湧き上がる。
「はは、お株を奪われたで御座るな」
真紅郎がいつものセリフを先に言われ思わず笑みをこぼす。
「………はっ。ありがとうございます響之介さん」
そんな二人のやり取りすら耳に入らず、ただ目の前の出来事が信じられず呆気に取られていた響之介だが、直ぐに正気へと戻り、隼人と一緒に慌ててコテージの中に乗り込む。
「メル。忘却術の類は使えるで御座るか?」
「はい、【
悲しげに答えるメル。
二人は最悪の状況も覚悟して中へと乗り込む。
そして中に入り目にした光景は、衣服のはだけた葵に伸し掛かる男の姿と、その男に殴り掛かる響之介の姿だった。
―――――――――――――――――
術式&スキル解説
【裂空断】
天之月影流皆伝
陰と陽の闘気をぶつけ合わせることで生じる瞬間的な破壊力を持って空間すら切り裂く技。
【
聖魔術式
辛い記憶を封印して忘れさせる。
記憶想起が必要なため、状況によっては辛い記憶を思い返してもらう必要がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます