第16話 修験窟へ

 陽花の情報に従い木漏れ日亭へと出向いた真紅郎。もちろん隣にはメルも一緒である。


 宿に入ると真紅郎は受付けの娘に事情を伝える。


「響之介さんはダンジョンに向かわれると言って出ていかれました」


「もしかして、一人でで御座るか?」


 真紅郎がなんとなく直感で尋ねる。


「はい、何でも自分を鍛え直したいからと。一応それとなく危険を示唆したのですが、冒険者の方には珍しくない事ですので無理に止める事はしませんでした」


「わかり申した。それでどのダンジョンに向かうと?」


「はい、響之介さんが向かわれたのは修験窟です」


「かたじけない。それでは失礼致す」


 真紅郎は去り際に、感謝の気持ちとして心ばかりのチップを渡す。

 受付の娘も、冒険者向けの宿を営んでいるだけあり、それを両手で包むこむように受け取ると、満面の営業スマイルで「お気をつけて」と送り出す。


 そうして宿を出ると、修験窟へと向かう道筋でメルが隣を歩く真紅郎にボヤく。


「旦那様は随分とオモテになられるのですね」


 やり取りを一部始終見ていた筈のメルだが、なぜだか胸にモヤが掛かり思わず嫌味が口に出てしまっていた。


「これは、これは、メルが嫉妬してくれるとは、なかなかに嬉しいもので御座るな」


 そんな少し棘のあるメルの言葉にも関わらず、真紅郎はそれが嫉妬心から来るものだと直ぐ様理解し思わず頬が緩む。


 真紅郎から指摘され、それが嫉妬心だと初めて気付かされるメル。自分の胸を強く抑えて呟く


「そうですか、この胸の奥のモヤモヤしたのが」


 メルも頭では、先程の受付の笑顔は作り物だと分かっていた。しかし気持ちは別物のようにさざ波を引き起こした。


「そうで御座るよ、メルが拙者を好いてくれている証。だから拙者はそれを嬉しく思うで御座るよ」


 メルは、教義で悪徳とされていた嫉妬心すら好意的に受け止めてくれる真紅郎を熱い眼差しで見つめる。


「……ありがとうございます旦那様。私は幸せ者ですね」


「ハッハッ大袈裟で御座るよ。それにメルにはもっと幸せになってもらわねばならぬからな。そのためにも少し急ぐで御座るよ」


「はい、では急いで街の外へ、【指定座標転移トマーキングポイント】で飛びますから」


 基本的に街には外敵侵入防止の観点から転移阻害の結界が張られているのが一般的だ。そのため二人は急いで街の外へ向かう。

 そして街から少し離れ場所まで移動すると、メルが転移術式を展開した。

 すると直ぐに目的地の修験窟へと到着したのだった。


 目の前に現れた洞穴を前にして真紅郎は何気なくメルに話しかける。


「しかし、メル。よくこの場所を転移ポイントに指定していたで御座るな」


「えっと、その実はそのー、はしたないのですが鬱憤を晴らす時にこのダンジョンを利用してまして……その地下三階までは低レベルな魔物しか出ませんので私でも難なく倒せてしまうのですよ」


 正直に答えたメルが恥ずかしそうに俯く。

 真紅郎は何故メルが恥ずかしそうにしているのかは理解出来なかったが、流石はA級パーティーに長年在席しただけはあると感心する。

 後衛職でありなから、ソロで低級なダンジョンを余裕で立ち回れる実力の高さにだ。


 しかしメルの得物がその時と違うことに気付いた真紅郎は、ひとつの提案をする。


「それでは、ちょうど良い機会なので、短刀の使い方を教えるで御座るよ」


 真紅郎はそう言うとメルに歩み寄る。

 メルは照れた様子で真紅郎の手解きを受ける。

 それは、持ち方から始まり、間合いの取り方など基本的なことを伝えるものだった。

 そして、数多くの実戦経験を積んでいるメルは飲み込みが早く、すぐさま短刀の扱い方が様になっていった。


「ありがとうございます旦那様。早速響之介君に合流するまで、魔物はバッタ、バッタと倒してみせますから」


 メルは真紅郎から手取り足取りで教えてもらったことで凄く上機嫌だ。


「いや、短刀はリーチが短い分、接近する時のリスクを考えると……前衛は拙者が務めるゆえ、メルは大人しく後方支援に徹するで御座るよ」


 いくら低級なダンジョンとはいえメルを直接戦わせたくない真紅郎はそう提案したがメルは笑って答えた。


「ふっふふ、心配してくれてありがとうございます。でも私が何度かこのダンジョンに潜った時には素手でしたので、むしろリーチが伸びたと言うべきかと。それに折角の旦那さまからの教えを実践しないわけにはいきませんから」


 思いがけないメルの言葉に言葉を失う真紅郎。


「ふぇ、メルは杖で戦っていたのでは無いので御座るか?」


「ああ、あの杖は儀式用なので耐久性が殆ど無いので殴打には使えないんですよ。ですからもっぱら私はこうやって」


 メルはそこまで言うと、後は実際に見てもらうのが早いと判断した。

 腕に【硬化障壁ソリッドバリア】の聖魔術式ホーリー・メソッドを展開し纏わせると、近場にあった大岩に拳を叩き込む。

 その瞬間、か細い腕から繰り出されたとは思えない衝撃が岩を粉砕する。


「…………いや〜、これは驚いたで御座る」


 素手から繰り出されたとは思えない威力に本気で驚く真紅郎。


「そうですか、ポイントとしては障壁をなるべく圧縮して纏わせることなんですよ」


 何気なく、さも当然のように答えるメル。


「その技術は聖女なら誰しも使えるので御座るか?」


「いえいえ、護身用に最低限の体術は習いますが、こうやって魔術を応用するのは私くらいですかね。まあアデル達の前では見せた事ありませんが」


 真紅郎としては見せていた方が言い寄られずに済んだのではと一瞬だけ思ってしまう。

 そして短刀なんて必要ないのではとも。


「その……メルの知らない一面を見れて嬉しく思うで御座るよ」


 しかし、同時にアデルにも見せていなかった姿を自分には惜しみなくさらけ出すメルに、真紅郎はそれを信頼の証としてを好ましく思い、さらに愛おしさが募る。


「そう言ってもらえて嬉しいです旦那様。私としては聖女たるものが、素手で戦うのは少しはしたないかなーとは思っていましたので」


 そう言ってメルは照れてモジモジした仕草を見せる。真紅郎はその姿に男としてそそられるものを感じながら気付いた点を指摘する。


「しかし、そのローブ姿では戦い辛いであろう、やはりここは後衛でサポートをしてもらって」


「それなら心配には及びません」


 真紅郎が指摘した不安点をメルは笑って返す。

 そして【瞬間換装フォームチェンジ】の汎用術式コモン・メソッドを展開する。


 するとフードを被ったローブ姿のメルが瞬く間に変わる。

 その姿は額にサークレットを付け、豊満な胸をビスチェタイプのアーマーが、背中はショートマントが覆い、ロングスカートがスリットの入ったタイトスカートに変わる。パッと見で、確かに動きやすくはなっている。


 メルとしては自分の姿をしっかり見てもらいたくて一回転して見せる。

 しかし真紅郎的には刺激が強すぎたのか、目線を泳がせるとわざとらしく咳払いをしてメルに尋ねる。


「こほん、メルさんや……そなたは、そのような格好でダンジョンに潜っていたで御座るか」


 真紅郎のその言葉には、自分以外には余り他人に肌を晒して欲しくないという男の独占欲的なものも含まれていた。

 ただ同時に今のメルの姿を可愛らしく、いつまでも眺めて居られるくらい愛でる気持ちも含まれている。


「えっと、流石にこの姿を見せるのは旦那様が初めてでして、そのひとりの時はもっと、目立たない……ちょっと野暮ったい格好でしたから、でも、その……やっぱり旦那様には可愛らしい私も見て欲しくて、頑張ってみました。旦那様の好み的にはどうでしょうか?」


 メルとしても少し大胆な格好なのは自覚していたので、上目遣いで真紅郎の瞳を見たかと思えば、直ぐに照れて目を逸らしてしまう行動を繰り返していた。

 そんなメルの姿に、真紅郎としてはやはり肌の露出か多めだとは思いつつ、自分のために少し大胆になってくれたのだと分かり、口元が思わず緩みそうになる。


「メル………」


「はい旦那様」


「…………良いで御座る。良すぎて改めて惚れ直した位で御座る」


 いたたまれなくなった真紅郎はメルを抱き寄せる。

 強く抱きしめられたメルは、その込められた力に愛情を感じる。


 思わずそのまま口付けを交わしそうになる二人だが、そこは何とか理性が押し止める。


「あの、それでは旦那様。行きましょうか」


「うむ、そうであるな。危うくここに来た目的を忘れるところで御座った」


 真紅郎はメルの促す言葉に気持ちを切り替える。


 低級ダンジョンとはいえ危険がゼロな訳では無い、浮かれた気持ちで挑めば必ずどこかでヘマをする。それは二人共に経験から理解していた。


 それまでの甘い空気がピンと張り詰めた空気へと一瞬で変わる。


 二人は向かい合って頷き、ダンジョンへと入っていった。





―――――――――――――――――


術式&スキル解説


指定座標転移トランスマーキングポイント

 高位汎用魔術式

 マーキング指定していた場所に転移する。

 マーキング数は術士のランクに比例する。


硬化障壁ソリッドバリア

 聖魔術式

 物理的な魔力障壁を形成する。

 魔力量、効果範囲に応じて強度が変わる。


瞬間換装フォームチェンジ

 汎用魔術式

 事前に指定していた装備へと瞬時に換装を行う。

 ランクに応じて換装できるパターンも増える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る