第15話 ギルドの依頼


 冒険者ギルドへ到着する真紅郎。

 メルはフードを被ったまま素顔は見せていない。


 真紅郎が中に入ると一見昨日と変わらない様子だった。しかし昨日とは違う緊張感を感じ取る。

 幸い陽花は受付にいたので響之介のことを相談するためにカウターへと向う。


「あらシンさん。親方なら領主様のところで例の件の対策会議中よ、また呼ばれるかもしれないけど、その時は伝令を飛ばすからお願いね」


 優しげな笑みで真紅郎に話しかける陽花。


「そうで御座るか、まあ今日は別件で来たので構わないで御座るよ」


「あら、もしかしたら昨日の子達かしら?」


 昨日の様子を見ていた陽花が先読みして尋ねる。


「知っていたで御座るか、それなら話が早いで御座る。彼等に術士を紹介して下さらぬか」


「えっと、シンさんの頼みだからあいだを取りなしてあげたいところなんだけど……」


 陽花が難しい表情を見せる。

 真紅郎もその様子を感じ取る。


「ふむ、口を濁すと言うことは、もしかして何か問題があるパーティで御座るか?」


 真紅郎からすると、昨日の二人からはさほど問題となるような要素は感じられなかったので疑問に感じる。


「そうね、シンさんなら話しても大丈夫かしら……実は彼等の一人が『ディスコード』かもしれないの、だからギルド側としては迂闊に口利き出来ないのよ」


 『ディスコード』とは故意にパーティメンバー間の不和を生んで解散させるパーティクラッシャーなどを指す言葉だ。

 所属してきたパーティが解散したり、崩壊したりした経歴が多いとギルドに目をつけられ調査対象とされる。


「なんと、しかし昨日の酒の席で聞いた話では幼馴染で結成したパーティだと……」


 昨日の酒の席で、色々と話した中にそういう話題があったのを真紅郎は覚えていた。


「ええ、容疑が掛かってるのはひよっこの彼らではなく、中堅どころのラードという聖戦士の男の方よ」


「なんと聖戦士ともあろうものがで御座るか?」


 真紅郎でも聖戦士がレアな称号であることは知っている。元は異界からの転生者が名乗ったのが始まりとされている。


 以降はその初代聖戦士が属していた都市国家ウィンドランドが認めた者だけにその称号を与えられる。なのでパーティクラッシュをするような男が、実力はともかく性格面で任命されると思わないのが一般的な考え方だ。


「ええ、その肩書を隠れ蓑にしていた可能性が高いわ……それで査察依頼があるのだけど、聞いてもらえるかしら」


 陽花が妖しく微笑んだ時点で真紅郎にも察しがついた。


「あー、少し待っててくれるで御座るか、婚約者に事情を話して承諾を得てくるで御座る」


 真紅郎は何気なく言ったつもりだが、そこ言葉を聞いた陽花は、今まで見たことが無いほど驚いた表情を見せる。


「えっ、えっええぇぇ、し、シンさんに婚約者。そんなのいつの間に……」


『そんな、あの朴念仁のシンさんが婚約者だなんて……あの花街の椿姫や、昔パーティを組んでいた美人剣士櫛梨クシナすら袖にして、私のアプローチにすら暖簾に腕押しだったのに……もしかしたら理由はそのせいだったのかしら?』


 陽花は驚いた後、色々な思いが混ざり合い茫然自失として目が虚ろう。


「とっ兎に角。少し待っててほしいで御座るよ」


 陽花の様子も気になったが、まずは相談するため、受付から少し離れた待ち合い室で待機しているメルのもとに向う。



「旦那様。いかがでしたか?」


 メルは戻ってきた真紅郎に相談結果を尋ねる。


「それが事態は思ったより複雑で御座ってな」


 真紅郎はメルに陽花から聞いた話を伝える。


「……そうですか、旦那様としては、って、聞く必要もありませんね」


「メルは許してくれるで御座るか?」


「許すもなにも、どちらにせよオロチの件が落ち着かなければ移動もままなりませんし、私としても昨日の二人が不幸になる様は見たくありません。それに……その……」


「それに?」


 言いよどむメルに真紅郎は聞き返す。


「旦那様のご実家に挨拶が遅れるのはしのびないのですが、私と旦那様はもう身も心も結ばれた間柄ですので、結婚式が多少遅れようとも、いえ結婚式などしなくても……」


「駄目で御座るよ。拙者は当然なから、アシハラの特に歴史の古い武家は、良くも悪くも面子というものをやたらと気にするで御座る。よって貧乏旗本の三男坊とはいえ、嫁に来てくれたメルを正式に迎いれる婚礼の儀を執り行わないのは有り得ないで御座る」


「旦那様……ありがとう御座います。やっぱり私は旦那様と結ばれて幸せ者です」


「はは、幸せ者なのは拙者の方で御座るよ。器量良しで、おまけに絶世の美女。だから、そのような素敵な女性が、拙者の嫁に来てくれたのだと自慢したくなるので御座るよ」


「もっ、もう旦那様。お世辞が過ぎますよー」


 真紅郎からはフードで隠れて見えなかったが、メルの顔は真っ赤で、顔はデレデレでだらしなく緩んでいた。


「なに本当の事で御座るよ、では陽花殿には依頼を受けると言ってくるで御座る」


「はい、それが宜しいかと、それに私も同行者としてご助力致します」


 メルも響之介と葵が心配なこともあり同行することを願い出る。


「ふむ、同行者だと報酬が発生しないのは知っていると思うので御座るが、それで良いと?」


「はい、昨日の今日で冒険者登録するのもどうかと思いますし、ささやかな夢もありますので」


「分かり申した。では詳細を聞いてくるのでしばらく待ってて下され」


「はい、行ってらしゃいませ旦那様」


 メルに見送られ真紅郎は陽花の所へと向う。

 その陽花は遠目でソワソワしながら真紅郎達を見ていた。



「お待たせしたで御座る」


「いえ、その、あちらの方がシンさんの婚約者の方ですか? 確か昨日もお見えになられてましたよね」


 真紅郎の婚約者が気になった陽花が遠慮がちに聞いてくる。


「ああ、そうで御座る。今度オロチの件も含めて落ち着いたら紹介するで御座るよ」


 陽花の複雑な気持ちなど知る由もない朴念仁の真紅郎は朗らかに答える。


「そっ、そうですか楽しみにしておきます」


 苦笑いで返す陽花。

 対して真紅郎は真面目な表情に変わる。


「それより、依頼の件で御座るが」


「ええ、そうでしたね。その昨日の彼ら『暁光』のメンバーの一人であるラードの動向を探っては貰えないでしょうか? シンさんはリーダーの響之介さんとも親しくなられたようですし、何でしたら彼らのパーティの指南役として紹介状も用意します」


「分かった受けるで御座るよ!」


 メルからの承諾を得られた事もあり、迷わず依頼を受けると告げた真紅郎。


「…………ふぅ、分かっていましたがお人好しが過ぎますよ、いつもながら報酬だってそんなにお出しできないんですから」


 違う意味で苦笑いを見せる陽花。


「なに、食い扶持にさえ困らなければ拙者はそれで構わないで御座るよ」


「はぁ、シンさん……独り身ならそれでも構わないかもしれませんが、今後所帯を持つのならそれでは駄目ですよ」


 予想していた通りの答えに、ついつい心配して苦言を呈してしまう陽花。

 今度は真紅郎の方が苦笑いを見せる。


「確かに陽花殿の言う通りで御座るな。今後は嫁と、将来的には我が子の事も考えなければならない立場になるわけで御座るからな。ありがとう、ご忠告痛み入る」


『うっ』


 返ってきた真紅郎の『嫁』『我が子』という言葉に内心でダメージを受ける陽花。

 頭を下げてお礼を言った真紅郎は顔を上げ真っ直ぐ陽花に向き直すと変わらない答を告げる。


「ただ、今回は知人を助ける意味でも、やはり依頼は受ける以外の選択肢は無いで御座るよ」


「……分かりました。まあ、お人好しが過ぎるのもシンさんの良さでもありますし、ギルドとしても助かります。正式な契約書はこちらに、サインはこちらの魔導式のペンでお願いします」


 内心の動揺を悟られぬように、陽花は淡々と契約の内容を説明していく。

 真紅郎も契約内容を確認して、いつもながらに達筆なサインをして同意を示す。

 すると契約書が薄く光り、魔術的な誓約が結ばれる。これは古くからある古代誓約術ゲッシュを応用した魔導技術で、契約者間で違約がないようにするため結ばれるものだ。


 その効果は絶大で、魔術に疎い真紅郎でさえ契約を交わした先、今回の依頼の責任者でもある陽花と、言葉に出来ない感覚的な繋がりを感じ取るのほどだった。


「いつもながらに変な感覚で御座るな」


「私は嫌いでは無いですけどね……はい、これがギルドからの指南役の推薦状と査察官証明バッジです。それから彼らは木漏れ日亭を拠点にしているようです」


 陽花が書面を取り出すと真紅郎に手渡す。


「これはかたじけない。早速向かってみるで御座るよ」


「はい、シンさんが、聖戦士とはいえ中堅どころに遅れを取るとは思えませんがお気をつけて」


「ああ、陽花殿行ってくるで御座るよ」


 そう言ってメルの元へと向う真紅郎の背中を見送る陽花。

 もうこうやって送り出す役目は、視線の先にいる真紅郎の婚約者の役割になるのだと思うと、胸にポッカリと穴が空いたような寂しい気持ちを抱いてしまっていた。

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