閑話 暁光②

 憧れの人と憧れになった人と一緒に飲んだ響之介と葵は楽しくなり、二人きりで飲み直す事にした。


 拠点にしている木漏れ日亭に戻ると、食堂兼酒場も兼ねるスペースに移動し席を確保する。


 そうしていざ酒を飲み交わそうとしたとき、葵の魔導通信機に連絡を知らせる振動が伝わる。

 本来、緊急用の通信機を常用的に使ってると思われるのは不味いと感じた葵は、部屋に忘れ物があると取ってつけた誤魔化しをしてその場を離れる。



 葵は一度自室まで戻ると通信機を手に取り、折返しの連絡をする。


「あのラードさん、連絡頂いたようなのですが」


「ああ、葵君。大丈夫かい? 戻るのが遅いようなので心配してたんだ」


 通信機のスピーカーからラードの声が響く。

 葵にとってそれは自分を心配してくれるように聞こえた。


「すみませんご心配をおかけしました。もう宿に戻ってますので大丈夫です」


「そうか、それなら安心だ。君の身に何かあれば皆が悲しむからね。もちろん僕もね」


「ありがとう御座います。でもキョウも居ましたし」


「そうか、でも少し響之介君は頼りないところもあるからね。万が一危険な事に巻き込まれたら遠慮なく僕を呼ぶんだよ約束してくれ」


「もう、ラードさんは過保護すぎですよ、でも嬉しいです。そこまで私のことを気にしてくださって」


 葵はつい通信機越しに頭を下げる。


「それで、今日はどうして遅くなったんだい?」


「えっと、それは……」


 ラードの問い掛けに冒険者ギルドからの出来事を説明する。


「……そうか、それで今から飲み直すと」


「はい、良かったらラードさんも参加しますか?」


 葵は建前上ラードも誘う。


「いや、折角の二人きりの機会を邪魔したら悪いからね。今日のところは遠慮しておくよ」


 葵は改めて気遣いのできるラードに感心する。

 この辺は響之介にも見習ってほしいと葵は思う。


 そうして葵的にはほんの少しの時間のつもりだったのだが、予想の他時間がかかり過ぎていた。


 そのせいで、居酒屋に戻ると少しイラツイた様子で響之介がチビチビと酒を飲んでいた。


「ごめんね。遅くなって」


 葵もさすがに悪いと感じ素直に謝る。


「はあ、良いよ忘れ物以外にも大事な要件もあったんだろう」


 響之介の投げやりな言い方に少しムッとする葵。

 しかし、自分が悪いと思っているため反論はしなかった。


「うん、本当にごめんねキョウ……気を取り直して、飲み直そうよ、ねっ」


「ああ、わかったよ」


 響之介も葵の言葉に頷くと、苛立つ気持ちを抑え込みながら酒を酌み交わす。


 しかし、互いにわだかまりが解けきれぬまま、ただ時間を潰すだけの虚しい時間が過ぎて行く。


「ねぇ、キョウ、子供じゃないんだから、いつまでも拗ねないでよ」


「そうだよね。俺はラードさんとは違って頼りにならないしガキだもんな」


 酒が入っていることもあり、響之介は普段抑え込んでいた感情が弾ける。


「なんで、そこでラードさんの名前が出てくるのよ」


「だって……」


 実は響之介は余りに遅い葵を心配して部屋まで一度様子を見に行っていた。

 そこで聞いてしまったのだ葵がラードと話しているのを、やましい話では無いのは分かっていた。

 でも、わざわざ時間を割いてまで、しかも部屋の中で話し込むような関係の二人に嫉妬した。


 響之介には分からなかったのだ。

 それが通信機を介したやり取りであることに。


「だってって、なによ? そこで黙られても分からないんだけど……ねぇ最近の響之介変だよ、焦っているというか」


「……それを言うなら葵だってじゃないか、何かにつけてラードさん、ラードさんって。いつから俺達のパーティはラードさんのパーティになったんだよ」


 抑えが効かなくなった感情をぶつけてしまう響之介。


「なっ、別に私はそんな事言ってない」


「はぁ、つまり無意識でラードさんに依存してるってことだろう」


「なっ、違う、違うわよ、なんでキョウはそんな事言うのよ、それじゃあまるで私がラードさんのこと……」


「好きなんだろう」


 最近、常に比較され続けてきた響之介が諦めたような表情で告げる。


「くっ、バカぁ。あんた私をそんな目で見ていたの、私のことを信じてくれてなかったんだ……最低、最低だよ」


 響之介の言葉に落胆を隠せない葵。

 余りに悔しくて拳を握りしめる。


「最低なのはどっちだよ、彼氏と飲んでるのに席を外して部屋で二人きりで話してさ……幾ら何もしてないと言っても信じられる訳が無いだろう」


 二人きりで部屋に居た事に対してどうしてもわだかまりが解けない響之介は糾弾するつもりで告げる。


「はぁ、何分けわからないこと言ってるのよ。私はラードさんと二人きりで部屋にいた事なんてないわよ、言い掛かりはいい加減にして」


 葵としてはラードと一緒に居た覚えは無いので、響之介の言葉は本当に言い掛かりにしか思えなかった。


「ここまで言っても認めず、ろくな言い訳すらしない、葵は平気で嘘をつくようになったんだな……失望したよ、俺は確かに聞いたぞ葵とラードさんが部屋で話をしているのをな」


 そう告げると、響之介は飲み代を机に叩きつけ席を立つ。


「えっ、それってもしかして……」


 ようやく響之介が何のことを言っているのか察しのついた葵。


「まって、誤解、誤解なのよ、私が話していたのは……」


 思い違いに気付いた葵が必死に響之介へ呼びかける。しかし、もう聞く耳を持たない響之介は葵を無視して自室へと戻る。


「ねぇ、待って待ってよキョウ。私はラードさんのこと別に何とも思ってない、話だって……」


 響之介に届かない葵の言葉は虚しく響き、酒場の喧騒に掛け消された。

 


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