第28話 昇級クエスト
薄暗いダンジョンに蠢く影。
呼応するかのように剣閃が煌く。
響之介が愛刀である【虎切久光】で目の前のジャイアント・キラーラットを両断していた。
優に人間の三倍以上の大きさはあると思われる巨大なネズミが、淡く光る粒子となって霧散していく。
後に残ったのは瘴気が物質化した素材。
「やったぜ、巨大ネズミの尻尾ゲットだぜ」
隣でマテリアライズした部位を確認した隼人が声を上げる。
「兄ぃ、何かウネウネしててちょっとキモいからサッサと回収」
喜ぶ隼人とは反対に、巨大なネズミの尻尾に嫌悪感を抱いた彩女が隼人に指示を出す。
「その、やったねキョウ」
崎守兄妹がワチャワチャしている横で、葵が響之介に微笑みかける。
「……あっ、うん」
浮かない顔の響之介。
心配した葵が尋ねる。
「……どうしたの? 何か問題?」
「いや、その……やっぱりしおらしい葵ってなんか違和感があるというか……」
「なっ…………なっ、なんですってー」
思ってもみなかった響之介の言葉に、葵は顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
「あっ、そうそうそんな感じ。それで『私のサポートのおかげなんだから感謝しなさいよね』くらいのほうが葵としてはしっくり来るんだよな」
「ほぉ〜。折角私が甲斐甲斐しく頑張ってたのにキョウはそんな事言うだー、へぇ~」
先程までのしおらしさが嘘のように目と口を吊り上げた葵が響之介ににじり寄る。
そんな葵を突然響之介が抱きしめる。
「そうそうそんな感じ……無理して頑張らなくていいんだ。俺は今まで通り、気が強よいけど真っ直ぐで照れ屋な葵でいて欲しい……だってそんな葵を好きになったんだから」
「あっ、うっ、えっ」
突然抱きしめられて、囁かれた言葉に怒りとは違う意味で真っ赤になってしまう葵。
そんな二人のやり取りをニヤニヤしながら見ている崎守兄妹。
恥ずかしさに耐えきれなくなった葵が限界を超える。それは真っ赤な溶岩を噴出する火山のような爆発。
「なっ、なに調子に乗ってるのよ、ようやく昇格試験に合格出来そうだからって……そうよさっきのだって、キョウの言う通り私のサポートのおかげなんだからね。だから間違っても自惚れて一人でなんかしようとしたら駄目だからね。キョウには私がついてないと絶対にダメなんだから。いい分かった!」
捲し立てるような葵の言葉に、響之介は笑って答える。
「もちろん、半人前の俺には葵が必要だからずっと側にいて欲しい……そして一人前になった暁には……」
ただ最後は言葉を濁らせる響之介。
最後の言葉が聞こえたのか分からないが葵の顔が更に真っ赤に染まる。
「おーい、二人共、それ以上のイチャイチャは宿に帰ってからだぞ」
二人のやり取りに見ていられなくなった隼人が声を掛ける。
「あっ、兄ぃ、良いところで、せめてキスくらい見たかった」
耳年増な彩女が残念そうに呟く。
響之介と葵の二人もようやく自分たちだけの世界から現実に戻り、今更ながら何でもない風を装う。
「ふん、行くわよキョウ。外でメルさんとシンさんが待ってるはずだから。遅くなると心配して入ってきちゃうかもしれないわよ」
「うん、そうだな目的の素材は手に入ったし。早く伝えないとな」
二人は率先して出口を目指す。
「まったく雨降って地固まリすぎだろう」
「うーん、むしろ甘々のドロドロ。でもイイ! 私も彼氏欲しくなる」
「なっ、まだ彩女には早い」
その後をシスコンな兄と、その兄を少しだけ鬱陶しく感じる妹がついていく。
そうして四人は無事試練窟から帰還する。
明るい日差しと、期待に満ちた眼差しが四人に降り注ぐ。
昇格試験を兼ねたクエストにあえて手を貸さなかった真紅郎とメル。二人はダンジョンの入口で待機しており、四人が無事に戻ってきたことを確認して歩み寄る。
「成果はどうで御座るか?」
真紅郎の問いかけに四人は満面の笑みで返す。
「成功です。無事に入手しました」
代表する形で葵が告げる。
「良かった。葵も頑張ってたもんね」
自分の事のように喜ぶメル。
「うむ、今の暁光ならば問題ないとは思っていたで御座るが、ドロップは運もある故な」
「そうですね。でもほぼ確率通りでしたよ、なにせあのアミュレットもありませんし」
響之介としては軽口のつもりで返す。しかし、ひとり盛大にトラウマを刺激され人物が項垂れていた。
「うっ、うっ、私がバカだったせいで……ゴメンなさい」
「いやいや、違う、違うから、責めてるわけじゃないから。それに、ほらイズモに来たから真紅郎さんやメルさんに出会う事が出来たんだし、災い転じてってやつだよ」
「でも、でも」
響之介に諭されてもグズる葵にたまらずメルがチョップする。
「てい」
「あいたぁ、何するんですかーメルさん」
「葵がつまんない事をいつまでも引きずっているからです。貴方は確かに大きな失敗をした。でも、だからこそその失敗を糧にここまで頑張ったのでしょう。ならまずはそのことを誇りなさい」
そう葵も含めた響之介達は、真紅郎やメル達のサポートを受けつつも、自分達だけで昇格試験を合格出来るまでに成長したのは紛れもない事実である。
だからメルとしてはここまでに至った自分達の努力を素直に誇ってほしかった。
それこそ失敗を引きずり続け反省するよりも。
「うん、葵頑張ってた。本当は術士をひとり増やしたい所なのに、攻撃と補助両方で大活躍してた」
追随するように彩女が褒める
「うっうっ、メルしゃーんあやめー。ありがとう、ありがとう」
メルと彩女の言葉に、今までの頑張りと、合格した安心感が重なり泣き出す葵。
「ほれ、ギルドに報告するまでがクエストで御座るよ。お祝いはその後の祝賀会で存分にすればよいで御座る」
そう真紅郎が促す。
真紅郎の言葉に促され、響之介が涙を流す葵の手を取り歩き出す。
「行こう葵。メルさんと真紅郎さんの言う通り、合格したんだからさキチンと報告して、その後は皆で歓びを分かち合おう」
そう笑顔で葵に語りかけた響之介につられ、葵も表情が少しだけ明るくなる。
響之介はそのまま葵と手を繋いでギルドまで戻ると担当の受付に報告を済ます。
ちなみにまだクラスがEランクの暁光パーティを、上級ランク及び統括役の陽花が対応することはほとんどない。
ただラードの事件で親しくなったこともあり祝福の言葉を贈られていた。
そんな様子を遠巻きで見ていた真紅郎。
その姿を確認した陽花が手招きをして呼ぶ。
真紅郎もすぐに陽花に気付きカウターに向かうと話しかける。
「陽花殿。どうしたで御座るか?」
「シンさん。まずは響之介君達のことありがとう、ギルドとしても若手が着実に育ってくれるのは喜ばしいことだがら」
「嫌嫌、拙者は簡単なアドバイスをしただけで御座るよ、全て響之介達の努力の賜物で御座る」
陽花の謝礼を謙遜で返す真紅郎。
ただ本命の話はそこではなかったようで少しだけ険しい表情に変わった陽花が告げる。
「その、実はローランフォード聖教会の使者が明後日には到着するらしいの。それで聖女様の最後を看取ったシンさんも、その時の状況を聞かれる事になるはずよ」
「ほう、なるほど。ではその時に呼んで下されば、すぐに駆けつけるで御座るよ」
「ええ、その時はお願いするわ……ただ気になる噂が耳に入って」
そう言って陽花が更に険しい表情を見せる。
なんとなく予想の付いた真紅郎が逆に問い掛ける。
「もしかして審問官の事で御座るか?」
「はぁ、さすがシンさん。ご存知だったんですね」
「まあ可能性として予測してみただけで御座るよ」
実際の所は審問官の存在を懸念していたのはメルの方で、数日前に言われていたのだ。
『旦那様、もうすぐローランフォードから到着する使者達の中に、おそらく審問官が紛れているはずです。旦那様ならまとう空気感から察することが出来ると思いますが気をつけて下さいね』と。
陽花も同じような心配をしていたのだろう、真紅郎に対して同じような事を告げる。
「審問官は余り良い噂を聞きません、どうか気をつけて下さいね」と。
「お気遣い痛み入る。ただ影響力の大きい教会といえ、他国で好き勝手な振る舞いは出来ぬはず。なに心配ないで御座るよ」
陽花の不安を取り除くように真紅郎が笑いかける。
「ふっふ、そうですねシンさんのことですからきっと大丈夫ですね」
真紅郎の笑みに少しだけ不安が払拭された陽花が笑みを見せる。
「それよりこの後、響之介達のお祝いをするのだが、よければ陽花殿も来ぬで御座るか?」
以前の陽花なら誘いに乗っていたかもしれないが、まだ真紅郎の事をふっ切っていない為、首を横に振り、仕事を理由にやんわりと断りを入れる。
真紅郎は友人として少し残念に思いながらも、無理強いすることなく、その後の響之介達との祝賀会へと向うのだった。
―――――――――――――――――――
◇
読んで頂きありがとう御座います。
そして評価して頂いた方には感謝を。
出来れば作者のモチベーションにもつながるので。
☆でも☆☆でも構いませんので少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。
もちろん☆☆☆を頂けたらもっと、もっと喜びますので、どうかよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます