第29話 使者到着

 響之介達のクラス昇格の祝賀会をした翌日。

 真紅郎とメルも含めた暁光のパーティメンバー全員で、早速Dランクのクエストを受注する。

 真紅郎とメルはあくまでもサポート役に徹して、メインは響之介達四人が担当する。

 それでも難なくクエストをこなしてことで響之介達の自信にも繋がる。

 真紅郎も愛しい人と一緒に、後輩の成長していく姿を見守るのも悪くないと感じていた。


 そんなささやかながら平凡な日常は、さらにその翌日。予定通りローランフォード聖教会からの使者達が到着したことで終わりを迎える。


 使者の代表である司教から、ギルドを通じて呼び出しがあり、それに応じる形で真紅郎が一人、彼等の拠点としている場所へと向う。


 そこは使われなくなった武家屋敷で、それなりの大きさがある。

 屋敷の中に入ると使者達がおり、数は十名ほどで、白い法衣を着た者がほとんどだった。その中で二名だけは白銀の騎士装束プレートアーマーを纏っていた。

 その二人に挟まれ護られるように立つ白い法衣に金の刺繍が施されたいかにも立場が上だろうと思われる人物。

 頭は丸坊主で恰幅の良い中年の男。

 彼は真紅郎が到着するのを確認すると、満面の笑みを崩さず近づいてくる。


「燃えるような赤い髪。あなたが松比良真紅郎様ですね」


「いかにも、拙者が松比良真紅郎で御座る」


「やはり……お越し頂きありがとう御座います。わたくしローランフォード聖教会の司教を務めさせて頂いているガリスと申します。本来ならばこちらから出向くのが礼儀ですが、何分大所帯でして、全員で押し掛ける訳にもいきませんので」


 一度真紅郎に頭を下げた後、ガリスは笑顔のまま顔を上げる。

 真紅郎から見ても、作られた笑みなのは明白だが、敵意は感じられない。

 しかしそれ以外。正確に言うならば騎士装束のハーフヘルムの髪の長い方を除いた全員から、明確な敵意が向けられていることに真紅郎は気付いていた。


「では早速、要件を伺いたいで御座る」


「はい。まずは聖女メルセディア様の最後がとのようであったかをお聞かせくださいませ」


 ここで始めてガリスの面のような作り笑いが崩れ、沈痛な面持ちを覗かせる。


 真紅郎は事前にメルと相談していた聖女メルセディアの最後の物語を語り聞かせる。


 話を聞いていた周囲の者の中には、咽び泣く者もおり、メルがどれだけ慕われていたのかを物語っていた。


「そうですか。最後はオロチの呪詛から貴方を庇って……正に聖女様らしい献身的な振る舞いだったのですね」


 話を聞き終わったガリスは祈りを天に捧げる。

 習うかのように周りの者も天に祈り始める。


 そんな中で騎士装束のフルヘルムの方が、真紅郎により強い敵意を向けてくる。それはもはや殺気と言っても良かった。

 

「何故だ。何故キサマごときを庇ってメルセディア様が天に召されなければならない。くそ、俺さえ側に居たのならこんなことには……」 

 

 そして我慢しきれず零れ出た騎士装束の男の言葉。


「これアーウィン言葉を慎め」


 すかさずガリスが窘める。

 しかし、しっかりと声を聞いていた真紅郎が珍しい反応を見せる。


「ほう、貴殿がその場に居たのなら聖女殿を守りきって見せたという事で御座るか」


 不敵に笑い挑発するような口調で言葉を返したのだ。


「当たり前だ。俺はその為に守護騎士になったのだからな。異国の田舎侍ごときと比べるな」


 売り言葉に買い言葉。

 アーウィンと呼ばれた男は強い口調と共に、真紅郎への敵意を剥き出しにする。


「やれやれで御座るな。オロチの恐ろしさも知らぬくせに口だけは達者と見える」


 普段の真紅郎ならまずとならい行動。

 その胸中にあるのは怒り。


 目の前の男は、自分ならもっと余裕でオロチに勝ててメルを守れたと言った。


 それは真紅郎を侮った言葉でもある。

 しかし、別に真紅郎はそんな事に怒りは感じない。

 なら何故怒りを覚えたかといえば……。


 あの闘いを軽く見ている事にだ。


 あのオロチとの闘いは真紅郎とメルどちらが欠いていても勝利はあり得なかった。

 それは互いに命を預けあった信頼からきているものであり、二人の絆の深さで勝てたのだと真紅郎は思っている。 


 つまり、オロチに簡単に勝てるということは、遠回しに自分の方がメルから厚く信頼され、隣に相応しいと言っているようなものだからだ。


 そしてその考えはあながち間違ってもいなかった。

 アーウィンも慕っていた聖女の為に努力を積み重ねてきた自負があったからだ。

 それは守護騎士としての最高峰である『聖銀の守護者ガーディアンズオブシルヴァリオン』まで上り詰めたという実績が裏打ちしていた。


「ガリス様。決闘の許可を身の程を弁えぬ田舎者にローランフォード教会の威光を示す機会を」


 アーウィンの言葉に周囲からも期待の視線が集まる。他の使者達も大なり小なりで同じようなことを思っていたからだ。


「アーウィン。お呼びした客人に対して無礼であろう。そもそも極東の辺境とはいえ……」


 アーウィンを窘め、お説教をしようとするガリスに真紅郎が話し掛ける。


「拙者は構わぬで御座るよ。実力を示せば、逆にオロチとの闘いがどれほど過酷だったのかを理解していただけるで御座ろう」


 今までの真紅郎なら絶対に受けないだろう仕合。

 真紅郎と結ばれメルが変わったように、真紅郎もまた変わった事の現れ。


「ガリス様。向こうもそう言っているのですから躊躇う事はありません、どうか決闘の許可を」


「ふう、分かった。ただしこれは決闘ではなく訓練の為の模擬戦。勝敗に関係なく非公式とする」


 ガリスの言葉に周囲がどよめく。

 期待の眼差しがアーウィンに注がれ、明確な敵意が真紅郎へと向けられる。

 そしてそれは中立の立場にいるかと思われたガリスも同じだった。

 仕合の許可を出したその時、一瞬だけだが口角が上がっていたからだ。


「では、立会人は私が引き受けよう」


 そして本当にただ一人。期待も敵意も向けることの無かった髪の長い方の騎士が声を発した。

 凛とした声。声色から女性だと察することが出来る。


「うむ。ならばマチルダ頼む」


 ガリスがマチルダと呼んだ女騎士に仕合を預ける。

 マチルダは頷くと二人に対して仕合のルールを宣言する。


「では、仕合は戦技の使用は不可とし、武人としての技量だけで競う事。勝敗は三本勝負とし、有効打を先に与えた方の勝ちとする。有効打の判定は私が行う。当然我が神と騎士の名誉に誓って公正な判断を下すことを宣言しておく。あと、得物は互いの技量を鑑みて木製の物を使用してくれ」


 マチルダがそう伝えたルールは、真紅郎としても問題ないものだと思われた。

 特に戦技に関しては使用を許可すれば、ここ一体が荒野になる可能性もあり使用不可は妥当な判断である。

 有効打の判定に関してはアーウィンの方に甘くなる可能性はあるが、それも問題無いと考えていた。なぜなら有無を言わすことのない攻撃を打ち込めば良いだけだからだ。

 木製武器も納得で、有効打を見極めるだけなら真剣で行う必要はない。


「こちらとしては異存は無いで御座るよ」


「ああ俺もそれで構わない。むしろ戦技などではなく素の実力で叩きのめされた方が己の実力を分かるというものだろう」


 そう言って自信満々の態度のアーウィン。

 そんな彼の自信が粉々に打ち砕かれたのはその後直ぐの事だった。

 

 仕合が始まると、アーウィンの攻撃は全て紙一重で躱され真紅郎から一本も取ることが出来ず。逆に真紅郎の斬撃を躱せずに呆気なく二本取られて負けが確定してしまったのだ。


 しんと静まり返った空間に、真紅郎としても少し大人気なかったと居た堪れなくなる。


「勝負あったで御座るな。それでは拙者はこれで失礼する」


 そう言ってそそくさとその場を後にする真紅郎。


 呆然とする使者達の中でただ一人、立会人として仕合を見ていたマチルダだけが彼の背中を鋭い眼差しで見ていた。

 

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