閑話 暁光④
ラードの胸を借りていた葵がようやく泣き止む。
タイミングを見計らいラードは葵の顎を持ち上げ顔を上に向かせる。自然と視線が重なる二人。ラードは躊躇わず「アイシテル」の呟きと共に唇を落とす。
「ごめんなさい」
しかし、唇が触れ合う寸前に葵は思わず距離を取る。戸惑いを見せるラード。
葵は申し訳無さそうに口を開く。
「ラードさんのお気持ちは嬉しいです。でも、やっぱり私はキョウのことが……それにラードさんはやっぱり友人としか思えなくて、本当にごめんなさい」
「でも、彼は君を僕に託して。僕はその思いも含めて君を大切にしたい」
葵はラードの言葉に悲しげに一度目を伏せる。
そして今度は自分でしっかりと顔をあげると、辛そうな表情でラードに答える。
「はい、でも、やっぱり納得いかないんです。こんな誤解されたままキョウから離れるなんて。辛くても、別れるにしても、ちゃんとキョウの口から聞いてケジメをつけたいんです。だから今はまだラードさんのお気持ちに応えることは出来ません」
そんな葵の決断にラードは一瞬呆けた顔を見せると、次に笑い始めた。
「くっ、くっ、クハハッハッ」
突然笑い出したラードに戸惑う葵。
そんな葵の様子を眺めながらラードは笑い続ける。
「いやー、まいった、まいった。まさかここまてま面倒臭い女だったとは、これは完全に俺の計算違いだ」
「えっと、ラードさん何を言って?」
口調が変わり始めたラードに葵が不信感を示す。
「まったく、普通あの雰囲気なら受入れてキスをするところだろう。初めてだよ、ここまで来て断った女は、はぁ、本当に空気の読めない女だ」
まるで葵が悪いかのように、責立てる口調で話すラード。
「そんなの当然です。好きでもない相手にキスなんて」
「ふぅ、これは予想以上にお固い女だ。響之介も苦労しただろうな」
響之介の名前をだされ葵の感情が怒りへと傾く。
「どういうことですか? もしかして……アナタ、騙していたんですか、私達のこと?」
「はぁ、今更だがな、認める。そう、そうだよ。まったく、素直に騙されていれば気持ちいい思いのまま響之介とも別れられたのに」
「くっ、誰がアンタなんかと」
ラードの言葉に、葵は怒りが抑えきれず思わず手を上げてしまう。
しかし、平手で打ち抜こうとした腕を簡単に掴まれ強引に引き寄せられる。
「本当に気の強い女だな。まあそれを屈服させるのも悪くないか」
ラードは、抱き寄せた葵の顎を掴むと無理やりに顔を持ち上げる。
「ぺっ、アンタなんかに誰が屈するものですか」
最大限の侮蔑を込めて唾を吐きかける葵。
吐きかけられた唾を気にする様子もなく薄ら笑うラードは、掴んでいた葵の腕から手を離す。
葵は腕を離され安心した所で、頬に強い痛みが走る。
そうして痛みと衝撃で葵はよろけて倒れ込んでしまう。
「どうだ、痛いか? 悔しいか?」
ぶたれた事を理解し忌々しげにラードを睨みつける葵。そこにはもう信頼などひと欠片も無かった。
「アンタなんか、アンタなんか、キョウが……」
「フッハッハ、あんな情けない男が俺に勝てるとでも、あり得ないだろう。たかが刀剣士ごときがこの聖戦士の俺に本気で勝てると思っているのか?」
「当たり前でしょう、アンタなんか卑怯な男にキョウが負けるわけがないでしょう」
「……まあ、そうだな生きていれば万が一の可能性はあるかもな」
そう言ったラードの不穏な言葉に葵が反応する。
「生きてればってどういうこと? まさかアンタ先にキョウを」
「いいや、俺は何もしてないぜ、何もな……ただ憂さ晴らしにひとりでダンジョンに向かうアイツを、こっそり見送っただけだ」
ラードはニヤニヤと笑いながら朝見た真実を告げる。そんなラードに敵意剥き出しで反論する葵。
「ふん、だったら平気よ、キョウだって馬鹿じゃないわ、ひとりで行くならレベルの低いダンジョンに潜る筈よ」
「そうだな、でもなレベルの低いダンジョンだって事故は起きるんだぜ。罠だってあるかもなしれない。それこそあんなアミュレットを身に着けてちゃな」
ラードの口から続けざまに出る不穏な言葉に動揺が隠しきれない葵、考えたくない恐怖に顔がどんどん青白くなって行く。
「うそ、アミュレットって、もしかして」
「キャハハ、思い当たったようだな。そう、あれだよ、あれ、俺が幸運の御守りって言って渡したあれ」
「なっ、もしかしてあれは幸運の御守り何かじゃなくて……」
「はい、正解です。あれは身に着けた人間に不幸を招く代物だ、今までは仲間内でフォローして何とか凌いでいたけどな、もし一人だったら……それこそ事故で死んでしまう事もあるかもな。ギャハハハ」
ラードが心底楽しそうに笑い声を上げる。
その愉悦と反比例するかのように葵の顔が青ざめていてく。
「そんな、それじゃあ、本当にキョウが事故に巻き込まれたりする可能性も」
「大いにありえるな。だからと言って俺は何もしていない。だから、もしアイツに何かあったとしたら、それはあの呪われたアミュレットをアイツに渡した奴の責任ってことだ」
ラードが告げた残酷な事実に、葵はぶたれた自身の頬の痛みなど忘れて漠然とする。
そんな葵に、ラードはとどめを刺すべく言葉による追い打ちを掛ける。
「どうだ自分の手で大事な恋人を死地へと送った感想は? お前が誤解させなければアイツがひとりでダンジョンに行くことなんて無かった。お前がもし、ちゃんとアミュレットを調べて事実に気付けていたのなら、アイツは低級なダンジョンなんかで事故にあって死なずに済んだ。つまり……なあ、分かっているだろう、全部お前のせいなんだよ!」
ラードの受け入れたくない言葉が、葵の中で木霊する。罪の意識から自然に涙があふれ、事実を認めたくない想いから、何も考えられなくなって行く。
まるで人形のように動かなくなった葵を嬉しそうに、舐め回すように見つめるラード。
「へっへ、安心しなそんな事を忘れるくらい気持ちよくさせてやるからよ」
しかし心が憔悴しきった葵には、そんな下賤な言葉も届かない。反応の無い葵に、ラードがほくそ笑みながら近づく。葵は目の前のラードが、まるで見えていないかのように、逃げようとしない。
ラードはそんな無抵抗な葵をそのまま押し倒すと、そのまま着ていた衣服を無造作に剥ぎ取り、葵をあられもない姿にしていく。
葵は自分を辱めようとするラードにすら反応せず、ただひたすら呟いていた。
「キョウ、ごめん」と、それこそ今の自分の状況などお構い無しに。
何度も、何度も……。
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