第20話 決闘


 ラードは完全に不意をつかれる形になった。

 まさか自分のテリトリーに侵入されるとは思っても見なかったからだ。


 目の前の美味しそうな獲物を調理し、いざ貪ろうとした矢先に、響之介の渾身の拳をくらい不様に吹き飛ぶ。


 響之介はそのままラードに構うことなく倒れている葵に近づき声を掛ける。


「葵、おい、しっかりしろ」


 響之介の声にラードに何をされても全く反応を見せなかった葵が反応を示す。


「あっ、あっぁぁ、その声は……」


「俺だ、響之介だ。済まない遅くなった」


 もう聞くことが出来ないと思っていた声に、葵の虚ろな瞳から涙が流れ落ちる。


「良かった。本当に生きてて、良かったよキョウ……」


 自分の身に起きた事より響之介が生きていたことに安堵し葵はそのまま意識を手放す。


「響之介さん、葵さんは私に任せてください」


 後から付いてきたメルが駆け寄り、取り出したローブで葵を包み込む。


「これはどう見ても現行犯。言い訳無用の不埒な悪行、しかと目にしたで御座る」


 真紅郎は殴り倒されたラードの前に立ち睨みつける。


「けっ、ござるござるうるせぇんだよ。だいたい貴様は誰だ。現状を見たってんなら被害者は俺だ、なにせこいつにいきなり殴られたんだから」


 しかし、ラードは怯むことなく、ここにきてもまだ見苦しい言い訳を始める。


「殴られたのは自業自得。おなごを無理やり手籠めにしようとは男として情けない限り」


「それこそ、何を言っている。あれは同意の上だ。だから、これは、あの女に振られて逆恨みしたあの男の腹いせによる暴行だ」


 そう言ってラードは響之介を指差す。


「……今更言い訳など見苦しいで御座るよ。同意しておいて衣服を破く訳なかろう。何より葵殿が目を覚ませば分かること、そうやって時間稼ぎしている間に逃げるつもりであろう」


「くっ、だいたい貴様はなんの権利があって俺を捕まえる」


「拙者はギルドから依頼された正式な査察官で御座る。なのでギルドメンバーの不正行為に対して逮捕権があるので御座るよ」


 真紅郎はそれを証明するように査察官証明のバッジをラードに見せると同時に、響之介が身に着けていた呪われたアミュレットも見せる。


「嘘だありえねえ。くそ、ここまで上手く行っていたのに最悪だ、最悪の女に当たっちまった」


 ラードは自分の失敗をまるで葵の責任にするかのような暴言を吐く。


「おい、ラード。今なんて言った」


 それを聞いた響之介が激昂して刀を抜き、ラードへと向ける。


「ふん、しぶといだけの刀剣士ごときが俺に勝てるとでも、良いぜそこのござる丸を相手にする前にお前の相手をしてやるよ」


「キサマ。真紅郎さんまで愚弄しやがって、絶対に許さん」


 そんな今にも相手に向かっていきそうな響之介を真紅郎は諌める。


「落ち着くで御座るよ響之介。感情に振る舞わされる剣では切れるものも切れぬで御座るよ」


 真紅郎の見立てでは、このまま切り合えば実力的に響之介に分が悪いのは分かりきっていた。


「でも、真紅郎さん。俺……悔しくて」


 心の底からにじみ出る響之介の怒りと悲しみの声。真紅郎はその声を聞き、色々な感情が混じり合った響之介の表情を見て、ハッとさせられる。

 真紅郎も今なら響之介の気持ちが理解できるからだ。そして思う、もし、万が一にもメルが同じ目に合ったとしたら……きっと自分は問答無用相手を斬り捨てるだろうと。


「確かに、今の拙者なら分かる。好きな女を辱められて黙っているなどできぬで御座るな」


 真紅郎は何かを決断すると、ラードを見据えてひとつの提案をする。


「ラードとやら、ひとつ取引をせぬか、これからこの響之介と冒険者式バトルをするで御座るよ。それで、そなたが勝てばこの場は見逃すことにする」


「はん、そんな提案、俺になんのメリットが……」


 ラードが言葉を言い切ろうとした寸前に慌てて身を翻す。

 周囲からすれば、突然ラードが何もないところで体をよじって避けたようにしか見えなかった。

 

「ほお、それなりの実力はあるようで御座るな。今の剣気を感じ取れる程度には」


 言葉では感心したように扮う真紅郎。

 しれっとした様子で彼は剣気をラードに向けて放っていた。

 もしそれをラードが回避せずに受けていれば、自分が切られたというイメージを間違いなく頭に叩き込まれていたほどの殺気を込めて。

 そして、下手をすれば本当に切られたと勘違いして絶命する事すらあり得た。

 

「くっそ、化け物め」


 ラードが忌々しく呟いた。

 いまのやり取りから、目の前の男に自分がどう足搔いても勝てないだろうと言う事を一瞬で理解して。

  

「それで勝負を受ける気になったで御座るか」


 改めての真紅郎の問いに対しラードの選択肢はひとつしか残されていなかった。


「本当に約束は守るんだな」


「勿論で御座る。我が愛する者と刀に誓って」


 真紅郎は横目でメルを流し見る。そらから鞘に納められていた刀を掲げて不戦の意を伝える。


「分かった。ならその勝負乗ってやるぜ、もともと気に食わないそいつは叩きのめしてやるつもりだったからな」


 ラードはそう答えると聖斧グラシャムを取出し構えるとライフフィールドを展開する。


「響之介もそれで良いでござるか?」


「ありがとうございます真紅郎さん。せめて一太刀でもアイツに浴びせないと俺は葵に顔向け出来ないですから」


 響之介もラードとの実力差は理解していた。

 だから倒せないまでも一太刀浴びせることで少しでも葵と自分自身の無念を晴らそうとしていた。


「そうか……響之介、もし勝ちにこだわるのであればダンジョンで手に入れたあの剣を使うで御座るよ」


 真紅郎が響之介にアドバイスする。

 ただそれはある意味、アシハラの特に刀を使う者にとっては屈辱とも言えるものだった。

 真紅郎もそのことは理解していた。だからこそ、どちらを選択をしても響之介が間違いだとは思えなかった。


「……分かりました。助言ありがとう御座います真紅郎さん」


 響之介は何度目か分からない礼をすると武器を構え睨みつけるとライフフィールドを展開する。


 真紅郎が立会人となり二人の様子を確認する。


「両者、準備は整ったで御座るな。それでは尋常に勝負開始で御座る」


 こうして真紅郎の掛け声と共に聖戦士ラードと刀剣士響之介の戦いが開始された。 





――――――――――――――

用語解説



・冒険者式バトル

 ライフフィールドを展開した状態で実戦形式で戦う。一般的な勝敗はライフフィールドを半分まで減らしたほうが勝ち。主に冒険者同士での実戦訓練や、揉め事を力で問題解決する際に行われる事が多い。

 一応やり過ぎ防止の為、冒険者ギルド法で立会人が必須となっている。



アイテム解説



【聖斧グラシャム】

 等級:ユニーク

 特性:聖属性付与/防御耐性強化/アンデット特攻/固有技(ホーリーバースト)

 呪われた斧だったが聖者グラシャムが浄化したことにより聖武器へと転換した。


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