閑話 暗躍

 イズモから離れた場所にあるとあるダンジョンの最奥。


 本来ならダンジョンボスが鎮座するその場所を己の空間として我が物顔で支配する男。


 一見すると小柄で少年とも見て取れる。


 しかし、報告に来ていた黒服の男の話しを聞き、楽しそうに笑うその表情を見て純粋無垢な少年だと思う者などいないだろう。


「あはっはっ、それで彼等は魔獣討伐に向かったんだね」


 男は受けた報告を改めて黒服に確認する。


「はい、リグレス様。注意人物としてマークしていた赤髪のサムライは別行動のようで、ここはチャンスかと」


 男は頭を下げたまま進言する。

 リグレスと呼ばれた少年のような男は黒服を見下ろしたまま楽しげだった表情を曇らせる。


「……ふーん。ねぇ、君は何をもってチャンスだと言うのかな?……えっ、もしかして、もしかしてだけれど、そのサムライが居ると僕が失敗するとでも?」


 すぐに自分の言葉が不興を買ったと理解した黒服は慌てて頭をより下げる。もはや額は地面すれすれだ。


「とんでもありません。リグレス様が刀を振ることしか能の無いサムライなどに遅れを取るはずが」


「うんうん、そうだよね……じゃあさー、なんでチャンスなんて言ったのかな? ねえ、ねえ、なんでかなー?」


 リグレスは笑顔で黒服に尋ねる。

 黒服は完全に額を地面に擦りつけ赦しを乞う。


「ひぃ、お赦し下さい。他意はありません。本当です」


「へー、ということは君は考えなしに物事を発言するようなー、無能って事で良いのかな?」


「いえ、そんなことは、これからも絶対、絶対にお役に立ってみせますので」


「ふーん、そこまで言うんだったら良いよ許してあげる。だから僕の役に立つてくれるよね」


 そう言って優しげに声を掛けるリグレス。

 安心した黒服が顔を上げる。


「ヒィィ、そんな、お赦し頂けたのでは」


 顔を上げた黒服の男。目にしたリグレスの紅い瞳に恐怖する。

 リグレスは恐怖に慄く黒服に笑いながら近づく。


「うん、だから許すってば。本当に微力だけど、僕の力の糧になる事をね」


 リグレスは怯える黒服の頭にそっと手を添える。


「いっ、イギャァァアアぁ…っ…」


 触れられた黒服が苦悶の声を上げるが直ぐに声が途切れる。

 声を上げれなくなったのは、男が干からびたミイラのようになり絶命してしまったからだ。


「ふぅ、不味いなー。やっぱり糧にするなら処女から直接が一番だよね」


 リグレスが黒服がいた方向とは別の場所に語りかける。


「いや、俺にはその……分からないです」


 薄闇の隅で控えていた男が、怯えた表情で答える。


「えっ、そうなの君だって立場とか利用して散々食ってきたんじゃないの? だって……ほら、ねぇ、君達も彼に捧げたんでしょう」

 

 リグレスが男の横にいた女達に話しを振る。


「えっと、その……」


 話しを振っておいて女が語り始める前に、リグレスがまた話し始める。


「でも、残念だったね。処女なら僕の花嫁になれてたかもしれないのにさ。これは、相手はちゃんと選べっていう教訓だね。うんうん」


「ぐっ……」


 バカにされた口調で言い返そうとする女をもう一人の女が手を強く握って止める。


「アハハ、でも安心して、そんな愚かな君達も約束通り庇護してあげるからさ。だけどさー、どんなに愚かな者でも何もしないっていのはさ、さすがに良心が咎めると思うんだ。だからさ、仕事をあげるよ、すごく簡単な無能な君達にも出来る簡単なお使いみたいなモノさ」


 楽しげに話すリグレスの気分を害さないように男が恐る恐る尋ねる。


「その俺達は何をすれば」


「うん、丁度目的の獲物が僕の実験体を討伐しに向かってるらしいからさ、回収してきてよ」


「その例の巫女の血筋の女ですか」


「そうそう、その娘。他は要らないから処分してもらって良いよ……あっ、でもでも、もし処女の娘でカワイイ子がいたら連れてきてよ、その時は追加のご褒美上げるからさ」


 本当に気軽なお遣い感覚で命令するリグレス。


「わっ、分かりました」


 荒事には慣れているとはいえ、一般人を手に掛けたことは無い男が渋い顔で命令を受け入れる。


「あっれー、どうしたのかな。そんなに渋い顔しちゃってさ。いまさら冒険者同業者殺したところで変わりないでしょう。なんたって君達は……」


「あの、リグレス様。やり方は私達に一任して頂けないでしょうか、無能なりに必ず命令を遂行しますので」


 自分の言葉を遮った女の発言にリグレスが無表情になる。

 静まり返った空間。

 庇ったつもりの女は失敗したと息を飲む。

 その女にゆっくりと近づくリグレス。


「いやー、本当にもったいないなー、いや、もったいない。あーあー、僕が潔癖症じゃなければなー」


 リグレスが女の側まで近寄ると、耳元でそう語り掛ける。

 女は恐怖で息が詰まる。


「でもさ、やっぱり美人を殺すのはもったいないからさチャンスをあげるよ、君の言う通り無能でも少しはやれるって証明して見せてよ。やり方はこの娘の言う通り任せるからさ」


 リグレスがそう言うと妖しく目を光らせる。

 とたん怯えていた女の目が蕩けたようになる。


「リグレス様、何を」


「いや、なんていうの必要ないけど人質ってやつだよ。その方が君達も盛り上がるでしょう。あと安心していいよ魔眼で魅了チャームしちゃったけどさ、僕は処女にしか興味ないし。ほら、やっぱりあれじゃん、気持ち悪いじゃん、一度でも他の男の精に塗れた女ってさ、穢らわしくて絶対にムリーって感じだよね」


「くっ……分かりました。必ず、必ずやり遂げてみせます」


 男は下を向き悔しさに顔を歪めリグレスに頭を下げる。


「はいはい、期待半分で待ってるよー」


 必死な形相の男とは反対に、適当に答えるリグレス。


「……では早速行ってきますので」


 男は感情を抑えその場を離れようとする。

 後ろから震えながら様子を見ていたもう一人の女も逃げるように付いて行く。

 そんな二人をリグレスが呼び止める



「あっ、そうそう。僕ってなんだかんだで優しいからさ、特別に君達のためにプレゼントを付けちゃうよ、きっと役立つたろうから持ってきなよ」

 

 嫌らしい笑顔を浮かべてリグレスは一枚のスクロールを渡す。


「これは?」


「心強い助っ人を呼ぶ召喚陣さ。使うことはないかもしれないけどピンチになったら使ってみなよ」


 男としては嫌な予感がして使いたくは無かったが、断るわけにもいかずに受け取る。


「じゃあ、今度こそ気をつけて行ってきなよ、なんだっけ、その……イナズマサンダー君!」


「…………」


 リグレスに名前すら覚えてもらっていない男は悔しげに唇を噛む。

 彼はこうなる前、冒険者としてカレイジャスの称号まで得て、雷光の勇者として一目置かれる存在だった。しかし、一度の過ちから全てを失った。


 そして今はリグレスという得体のしれない者に人質まで取られ、使い走りにまで落ちぶれていたのだった。




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