第34話 出発

 依頼を受けた翌日。

 真紅郎とメル、それぞれ出発の準備が整う。


 真紅郎はオロチ塚。

 メルは近隣の農村へと。


「旦那様……」


 潤んだ瞳で別れを惜しむメル。

 ぐっと堪えるように目を閉じる真紅郎。


「なに、すぐに追いつくで御座るよ」


 努めて明るい笑顔を見せる真紅郎。

 しかしメルはこれが今生の別れとばかりの悲壮感を漂わせて真紅郎に縋る。


「最後に……旦那様……最後に強く私を抱きしめて」


 そう言ってメルは真紅郎の胸に飛び込む。

 真紅郎はありったけの愛おしさを込めてメルを抱締める。



「あのー、そろそろ行きましょうぜ。メルさん」


 そんな茶番を見ていられなくなった隼人が口を挟む。


「ああっ、兄ぃ、そこはキスをするまで待ってあげるのが優しさ」


「いやいや、そうなったら色々止まらなくなるだろうが、特にこの二人は人目をはばからないし」


 隼人にそう言われて、申し訳無さそうに距離を取る真紅郎とメル。


 誤魔化すように真紅郎が皆に声を掛ける。


「おほん。それでは皆気をつけて行くのだぞ。拙者もこちらが終わればそちらに向かうのでな」


 真紅郎の言葉にメルが応える。


「はい、私も最大限にサポートするので安心を。むしろ旦那様の方が危険度は高いのですからお気をつけて」


 続けて各々が言葉を告げる。


「そうですよ真紅郎さん。それに魔獣討伐だって真紅郎さんが合流する前に片付けて見せますから」


「もう、キョウも昨日の隼人みたいなこと言って、そういう油断から足をすくわれるんだからね」


「獣相手なら狩人の私の見せ場。シンさんに私の大活躍を見せれないのはちょっと残念」


「安心しろ彩女。俺がちゃんと妹の活躍をまぶたに焼き付けて心にファイリングしてやるからな!」


「はぁ、隼人」

「隼人……そういうところよ」

「兄ぃ、キモい」


 メルを除く三人から冷たい視線を送られる隼人。

 精神的に耐えられずに膝を付く。


「大丈夫ですよ隼人君。私はシスコンを否定しませんから。ねっ旦那様」


 フォローしたつもりのメルは真紅郎に同意を求めてウインクする。


 真紅郎としてはそういうプレイを楽しんだこともある負い目からか苦笑いしながら同意する。


「クッソぉぉぉ、真紅郎さんとメルさんの、この年中発情バカップルめー」


 涙と罵声? と思われる言葉を発し駆け出して行く隼人。

 慌てて追いかける響之介。


「それでは旦那様。早く合流出来ることを願ってますで」


 さらにそれを追うようにメルと葵が付いていく。

 別れ際に手を振りながら。


『さてと、拙者も行くで御座るか』


 最後に真紅郎も手を振り返し待ち合わせ場所のギルドに向う。



 ギルド内では既にアーウィンとマチルダが待っており、真紅郎に気が付いた二人が視線を向ける。

 


「待たせたで御座る」


「いえ、私達も今来たばかりですので」


「ふん」


 愛想の良いマチルダとは違い、敵愾心を抱いたままのアーウィンはそっぽを向く。

 

 陽花はそんな三人が合流した事に気付き、急いで上の階へと上がって行く。


 すると直ぐにギルドマスターの法禅が降りてくると真紅郎達の元にやって来る。



「おうシンさん。久しぶりだな、今日は宜しく頼むぜ」


 真紅郎の近くまで来ると気軽に挨拶してくる法禅。


「宗方様。今回は宜しくお願いする」


 マチルダが頭を下げるて礼をする。

 アーウィンも真紅郎の時とは違いちゃんと頭を下げて礼をした。


「おう、聖教会の方々もよろしくな。転移で第七門までは飛べるが、ダンジョン周期の影響で、面倒なことに再度フロアボスを倒さなならんのだ」


「ふむ、この四人なら問題ないで御座るよ」


「はい、頼りにさせて頂きますので」


「切るしか能の無いサムライはせいぜい足を引っ張るなよ」


 アーウィンは相変わらず真紅郎には辛辣な態度を崩さない。


 しかし、真紅郎は柔らかな笑みを浮かべて受け流す。


「そうで御座るな。気をつけるで御座るよ」


 そんな余裕とも見れる真紅郎の態度に増々苛立ちが募るアーウィン。

 呆れるマチルダから耳元で何か指摘され、ようやく態度を落ち着かせる。


「それじゃあオロチ塚までは一気に飛ぶからな。転移可能な郊外までは、準備運動も兼ねてランニングだ」


「えっ」

「はぁ」


 法禅の思っても見なかった言葉に絶句するマチルダとアーウィン。


「全く親方と組むといつもこうで御座るな」


 真紅郎はというと慣れているのか軽く関節をほぐし走る準備を始める。


「フッフ、シンさんと勝負するのは久しぶりだな。今回は負けないぜ」


 なぜか二人の間では勝負事になっているらしく法禅も入念に走る為の準備をする。


「えっと、私達は勝負しなくても良いのですよね」


 流石について行けないと感じたマチルダがぎこちない笑顔で法禅に尋ねる。


「そうだな、嬢ちゃんにはキツイだろうからな、お前さんはゆっくり自分のペースで付いてきな」


 法禅はマチルダにはそう言って、アーウィンの方に目を向けると、挑発的な笑みを浮かべる。


 真紅郎はフォローしようと声を掛ける。


「アーウィン殿も無理をする……」


 しかし、それはアーウィン自身に阻まれる。


「あなた達には負けませんよ。伊達に重装備で駆け回ってないですから。いつも軽装の冒険者とは鍛え方が違いますので」


 不敵に笑い、既に勝ったかのような視線を真紅郎に送る。


「ワッハッハ、ならば賭けをしようではないか、一番のびりっけつはワサビ山盛の寿司だな」


「いやいや、拙者達なら耐えれるかもしれぬが、他国のアーウィン殿には厳しかろう」 


 真紅郎がアーウィンに配慮して法禅を窘める。


「構わない、どうせ負けやしないからな」


 しかし、真紅郎の言葉を無視してアーウィンは自信満々に答える。


「ワッハッハ、その心意気や良し、ではゴールは東門というこでスタートだ!」


 そう言って笑いながらフライングダッシュするギルドマスターの法禅。


「全く、年甲斐もなく、困ったお方のようだ」


 マチルダは言われた通り走ることなく歩いて後を追い始める。


「ふん、そんなの軽いハンデだ」


 アーウィンも余裕の表情で走り出す。


「はぁ、これがメルなら喜んで追いかけるので御座るがなー」


 真紅郎はメルとイチャイチャと砂浜での追いかけっこを夢想しながら二人の後を追いかける。




 …………そして東門に一番最初に到着のは。


 汗だくのアーウィンだった。


「ふっ、フハッハハハ。どうだサムライ。俺の実力を思い知ったか」


「いやいや、恐れ入ったで御座るよ。流石はアーウィン殿」


 僅差で二着だった真紅郎が涼しい顔でアーウィンを褒める。


 その間に少し遅れて法禅が到着する。


「ワッハッハ、いやいや寄る年波には勝てないな。参った参った」


 負けたのに楽しげな法禅は軽く汗を拭う。


 さらに遅れてマチルダが到着する。


「皆、これからダンジョンに潜ると言うのに本気出し過ぎでは」


「なに、最初に言った通り、これはただのウォーミングアップだよ、心配は要らんさ」


 実際に直ぐに息を整えた法禅が言う。

 真紅郎に至ってはほとんど息を切らしていない。


「ハァハァハァ」


「いや、盛大にバテてるヤツが居るのだが……」


 マチルダの指摘通り、全力で走ったアーウィンは未だに息が上がったままキツそうにしている。


「ガッハハハ、なに若いんだ直ぐに元気になるから心配ない」


「いや、ちょっと待っ……」


 アーウィンが何かを言いかけたが法禅は笑ったまま首根っこを掴みつつ、皆と一緒にオロチ塚へと転移させるのだった。





―――――――――――――――――――


読んで頂きありがとう御座います。


応援コメントもありがとうございます。

特に前回のバニーに対する熱い想いは、わたくしと同じなのだと実感させて頂きました。


 ですが残念ながらバニー回は当分先になるかと、期待されていた方は申し訳ないです。


 ただ元々想定していたので、どこかで熱い想いをやりすぎない程度で表現出来ればと思っております(笑)


 それでは引き続き話を読んで頂ければ幸いです。



 あと評価をされていない方がいらしたら、執筆のモチベーションにもつながるので。


☆でも☆☆でも構いません。

少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。

もちろん☆☆☆を頂けたら跳びはねて喜びますので、どうかよろしくお願いします。



 




 


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