第33話 魔獣討伐に向けて

 ギルドで契約を済ませた後、真紅郎達は宿屋に戻り、出掛けていた隼人と彩女とも合流して早めの夕食を取っていた。



「ふむ。そうで御座るかメル達は魔獣討伐のクエストを受けたので御座るな」


 響之介達が受けたクエストの内容を説明され頷く真紅郎。


「報告書によると熊と思われる大型の獣で、今のところ被害は家畜で済んでいるようですが」


 補足する形で葵が説明する。


「ふーん、で俺たちはそれを退治すればクエスト完了ってわけかチョロいな」


「ふぅ、兄ぃは油断し過ぎ」


「彩女の言う通りです。地上で魔獣化したとしても元が熊などであれば災害指定されるまで凶暴化した例も過去にはあります」


 メルが彩女の言葉に同意し隼人を窘める。


「災害指定ですか、そこに至る為にはよほど濃い瘴気に曝されないとですよね。でも地上の生物がそんな濃い瘴気溜まりで生きていけるとは思えませんが」


 葵が自分の知る知識との齟齬を感じメルに尋ねる。


「ええ、一般的な魔獣化は、地上に漏れ出た微量な瘴気に長時間当てられた事で起こると考えられています。しかしその時は瘴気に冒された獲物を大量に食べた続けた事で、地上ではあり得ない瘴気感染ミアズマニックを引き起こしたようです」


「なるほど生物濃縮ですね」


「ふっふ。流石葵、生命学にも通じているんですね。それなら……」


 少しづつ本題からそれ専門的な話をしていくメルと葵。


「なあ、響之介。今の話理解できたか?」


 その横で話について行けなくなった隼人が響之介に尋ねる。


「当たり前だ、ようはあれだろ、油断大敵ということだ」 


「……兄ぃもキョウ君も脳筋すぎ」


 彩女がそんな二人に少し呆れ気味に呟く。

 そこにフォローする形で真紅郎が話に加わる。


「まあ原理はどうあれ、瘴気は地上の生物には害毒にしかならないと言う事で御座るよ。だからこそダンジョンでも瘴気溜まりを見つけたら、近づくなと最初に教えられたで御座ろう」


「はい確かに。でも、えっと、それじゃあもし、もしですよ人間が瘴気に長時間曝されたらどうなるんですか?」


 響之介は真紅郎に浮かんだ疑問を尋ねる。


「普通は耐えられずに死ぬで御座るな。ただ不幸な事に耐え抜いてしまった時は……」


 意味深に話を切る真紅郎。

 響之介ら思わず息を呑み続きを尋ねてしまう。


「その耐え抜いたらどうなるんですか?」


「鬼になるで御座るよー」


 真紅郎が少し脅かす口調で言う。

 もちろんそんな事で響之介や隼人は驚かない。

 普通なら白けた空気が漂う。

 でも一人だけ。


「ひぃ」


 彩女が酷く怖がった反応を見せた。

 隣に居た隼人の手にしがみつくくらいに。


「えっと、済まぬ。まさかそこまで怖がるとは思わなかったもので」


 思いもよらない反応を見せた彩女に、ちょっとした冗談のつもりだった真紅郎は申し訳無さ全開で謝る。


「いやその、彩女は特に鬼の話しが苦手で……子供の頃に実際に鬼を見たらしくて、あっ俺はその時は一緒に居なくて見てないんですが」


 フォローするように隼人は彩女が過剰に反応した理由を説明する。

 一瞬だけ真紅郎の目が鋭くなる、しかし直ぐに温和な表情にもどると改めて頭を下げ彩女に謝罪する。


「済まなかった彩女殿」


「いえ別に……子供でも無いのに鬼にビビってる私のほうがおかしいから」


 彩女の言うように、アシハラでは子供を窘める為に鬼の話しを持ち出す事があり、それを怖がる子供は多い。

 

 自嘲気味の彩女に真紅郎が言葉を掛ける。


「人間誰しも苦手なものや弱点があるで御座るよ。もちろん拙者にだって」


「ええぇ、真紅郎さんに苦手なものって有るんですか?」


 こと戦闘においてその無双ぶりを見てきた響之介が驚く。


「まさか饅頭が怖いってオチじゃないですよね」


 訝しがる隼人がアシハラの古典ネタを持ち出す。


 いの間にか二人で話していたメルと葵も真紅郎に注目していた。


 自分の弱点を曝け出さないといけなくなった雰囲気に真紅郎が苦笑いを浮かべる。


「そのー、拙者実は……」


「「「「「実は?」」」」」


 真紅郎以外全員の声がハモリ言葉を待つ。


「何というか、あの耳の長い悍ましい生き物」


「「「「「耳の長い生き物?」」」」」


 それぞれが耳の長い生き物を想像する。


「一般的に言うと、あれで御座る。名を口にするのも忌々しいあの……うっ、ウサギが苦手で御座る」


 真紅郎のその告白に、悪いと思いつつ葵と彩女がクスリ笑いをしてしまう。

 響之介は呆気に取られた表情で、隼人も予想外で驚いていた。

 その中で、メルだけは優しい瞳で真紅郎を見つめていた。

 しかし今の真紅郎にとってその生暖かい眼差しが一番、心にクリティカルヒットしてしまう。


 ただその分、身を削ったかいはあったようで。


「ウサギに比べたら鬼が怖いなんて普通よ」


「うん、少しだけ自信が付いた」


 葵と話す彩女の表情が少しだけ笑顔になっていた。


 そしてその身を犠牲にした真紅郎にメルが耳元で囁く。


「旦那様、旦那様、弱点を克服するためのいい方法を思いつきました……」


 真紅郎は耳打ちされた内容に驚き、目を丸くする。しかし、もしかしたらと弱点克服の希望を見出すのだった。





―――――――――――――――――――


用語解説


瘴気感染ミアズマニック

 瘴気が通常の生物を侵蝕して異形へと変貌させてしまう事象。


【魔獣】

 上記の瘴気汚染ミアズマニックにより異形化してしまった獣。ダンジョン内の魔物と違って瘴気で形成されてるわけではない。

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