第4話 死闘


「シンクロウ様、なぜです。私を助ける義理も義務も貴方には無いのに、なぜ逃げてくれないのです」


 自分を守るためにオロチと向き合う真紅郎の背に向けて、涙を流して訴えかける聖女メルセディア。


「メルセディア殿。彼の者はまだ完全に復活しているわけでは御座らん。現にアデルのような小者を見逃すふりをするほどに、だから安心するで御座るよ」


 前方に注意を払いつつ、真紅郎はメルセディアを安心させるために微笑みかける。


「シンクロウ様、それはどういうことですか?」


「アデル達の攻撃は届いておらぬが、消耗はさせていたで御座るよ。聖女であるメルセディア殿なら分かるはずで御座る。オロチの纏う瘴気の量が減ってきている事に」


 真紅郎の言葉に促されメルセディアが聖女のスキル【聖なる瞳ホーリーアイ】でオロチを確認する。

 すると真紅郎の言うとおりだった。

 読み取ったステータスから瘴気量が減っているのが確認出来た。


「しかし、シンクロウ様。それでもまだ残っている瘴気量は尋常ではありません。本当に倒して封印できると」


「確かに難しいで御座るな……でも無理では無いで御座るよ。メルセディア殿のご助力が有れば……ですから、ここは涙を拭いて手伝ってくださらぬか」


 真紅郎はそうメルセディアに告げるとオロチに斬りかかる。

 アデルの斬撃では崩すのがやっとだった障壁を、真紅郎はいとも簡単に切り裂きオロチの首をひとつ落す。


「すっ凄い、シンクロウ様。貴方はいったい……」


 何者か、そう問おうとしてメルセディアは言葉を止めた。

 今は彼が何者かより、彼の言葉通りあの禍々しいオロチを封印し直す方が先決だと判断したためだ。

 すぐさま聖女スキルの【聖なる祝福ホーリーブレス】を展開し、今迄分散していたバフの効果を一点集中させる。


「おお、これがメルセディア殿の、聖女たる者の本来の力で御座るか」


 聖女の祝福を一点集中した事もあるが、本来の祝福の効果量は、聖女から相手への信頼度に起因する。


 元々、実直な性格のシンクロウに対して信頼は高かった。その上で逃げずに自分を守ってくれたどころか、この厄災ともいえる蛇龍と対等に渡り合う姿に、メルセディアは信頼と好意を通り越して愛情すら抱いてしまっていた。


 それは吊り橋効果もあるだろうが、元から抱いていた好意が花開くのを早めたにすぎない。

 そして、それは厳しい戒律の中で聖女として生きてきたメルセディアにとって初めて抱いた感情。


 そんな想いが込められた完全べた惚れ状態での祝福、その効果は計り知れなかった。


「はい、シンクロウ様。もっとお力になってみせますので、必ず一緒に生き延びましょう」


 メルセディアから向けられる信愛の眼差。

 今の真紅郎は破格のバフ効果を得ている状態であり、その力はオロチを凌駕していた。


 真紅郎は正に目にも留まらぬ速さで、残っていたオロチの首を一斉に首を刎ねる。

 落ちた首が瘴気となって霧散する。


「ふむ、やはりこの程度では倒せぬで御座るか」


「シンクロウ様。でも首は全て斬り落としたはずでは?」


 シンクロウの言葉の意味。

 メルセディアの疑問に対する答え。

 それは目の前で起きている現象が示していた。


 霧散した瘴気が再び形を成し、今度は九つの首を持った龍の姿に変わる。


「そんな、一本増えるなんて」


「安心なされよメルセディア殿。そなたから受けた力をもってすれば、首がひとつ増えただけの龍もどきに遅れを取ったりはせぬで御座る」


「キサマ、我を愚弄するか、ゴミクズ同然の人間風情が許さぬ、許さぬぞォォオオ」


 真紅郎の挑発に乗り、咆哮と共に反撃へと出るオロチ。

 九つになった頭が口を開くと、そこから瘴気を帯びたブレスが真紅郎に向けて一斉に放たれる。


 しかし真紅郎はいとも簡単に瘴気を帯びたブレスを一刀両断する。


「馬鹿な!?」


 オロチが驚愕の声を上げる。


「月影流に切れぬ物なしで御座るよ」


 そう言い放った真紅郎。

 その手にはアデルのパーティにいる間は一度も抜かれることのなかった刀。

 黒鞘に納められていた、もう一本が握られていた。


 刀はまるで瘴気と同じような紫色のオーラを放つ、その禍々しさにメルセディアも気がつく。


「シンクロウ様。その刀はいったい?」


「おお、良くぞ聞いてくれたで御座る。これは二代叢柾ムラマサ作の刀で通称【鬼喰丸オニクイマル】。妖刀だけあって少々扱いが難しいで御座るが、根はいい子で御座るよ」


 戦闘中にも関わらず刀の事を嬉しそうに話す真紅郎。

 隙だらけの様子にメルセディアは冷々しながらも、今迄見せたことのない少年のような純粋無垢な瞳に惹きつけられる。

 夢中で刀の事を語る真紅郎の姿をメルセディアは、こんな時にも関わらず微笑ましく思ってしまっていた。


「キサマ。どれだけ我を愚弄するか」


 オロチはただの人間にブレスを打ち消された事と、まるで無視されたような扱いを受け苛立つ。

 その怒りからか闇雲に首を伸ばし、口を大きく開け直接的に食い殺そうとしてくる。

 しかも今度は真紅郎だけでなくメルセディアも狙ってきた。


「させぬで御座るよ」


 先程までの態度が嘘のように真紅郎の目が厳しいものに変わると、迫るオロチの首を次々に斬り落として行く。


 そんな攻防がしばらく続く。


 何度オロチが攻撃しても真紅郎には届かない。


 だが真紅郎の攻撃も同様で、何度首を斬り落とそうが直ぐに蘇るオロチに対しては決定打とはならない。


 そうなると必然的に持久戦となっていく。


 そして、実際にその攻防は数時間にも及んだ。


 

 その為、オロチを凌駕していた真紅郎も疲労から動きが鈍くなる。

 メルセディアの魔力も底をつきかけていた。


 一方のオロチは瘴気の量こそ大分減らされはしたが、疲労というものが無いため徐々に押し始めていた。


「シンクロウ様。このままでは押し切られてしまいます」


「さようで御座るな。メルセディア殿残りの魔力量はいかほどで御座る?」


「残念ながら半時程で魔力は底をついてしまいます」


「では、これを服用してくだされ」


 真紅郎は銀色の丸薬を取り出すとメルセディアに渡す。


「これは?」


 今迄見たことの無い薬だったため普通に疑問に思ったメルセディアが尋ねる。


「いや、別段怪しい薬では御座らん。それは神丹と言ってあらゆる病や怪我を治す万能薬で御座る。無論魔力も回復するで御座るよ」


「まるで、エリクサーのようなものですね。でしたら、いけませんそんな貴重なものを貰うわけには」


「ここで死ねば元も子もないで御座るよ」


「確かにそれはそうですが……」


「拙者、次で全身全霊を掛けた一撃を放つ所存。なのでメルセディア殿には回復した魔力をもって全力で拙者を支援して頂きたいで御座る」


 覚悟を決めた真紅郎の瞳には折れることのない闘志が宿っていた。

 メルセディアも決意する。例え戒律に背いたとしても彼の力になれるのであれば本望だと。


「分かりましたシンクロウ様。貴方の期待に応えるため全力を超えて支援致します」


「では、宜しく頼むで御座る」


 真紅郎はメルセディアに頭を下げると、刀を一度納め、両脇にそれぞれ刀を差し直す。


 メルセディアも手渡された丸薬を口に含む。

 効果は真紅郎の言っていた通りで、体が軽くなり魔力も瞬時に充たされる。


「凄い、これならいける」


 メルセディアは何かを確信すると自身が出来る最大限の聖魔術を展開する。左右の手で聖印を形成し、聖譜を歌い幾重にも組合せはじめる。

 それは教会より禁術指定された【魂の揺り籠ロクス・アモエヌス】。効果が継続している間、あらゆる死を回避出来る運命を捻じ曲げる禁忌の術法。


「フハハハッ、人間が最後の悪足掻きか虚しいな弱き存在とは」


 既に勝ちを確信しているオロチが告げる。


「それは最後までやってみないと分からないで御座るよ」


 真紅郎は二刀の柄に手を掛け、闘気を最大限に流し込むと、いつでも抜刀出来る構えを見せる。


 メルセディアは完成した禁術【魂の揺り籠ロクス・アモエヌス】を展開すると同時に、より深く真紅郎を思う気持ちを込めて祝福を贈る。


「おお、これは凄いで御座るな。これはまるでメルセディア殿に包まれて護られているような、温かな気持ちを感じるで御座るよ」


 間接的に伝わった思いにメルセディアはより一層胸が高鳴る。死地にも関わらずもうメルセディアには恐怖はなかった。思うのは唯一つ想い人の勝利を願うだけだった。





――――――――――――――――――


アイテム解説


【神丹】

 アイテムランク:A

 神代の秘薬。全ての状態異常及び生命力、魔力を回復する。


鬼喰丸オニクイマル

 等級:カース・ディザスター

 特性:クリティカル時防御耐性無視/瘴気吸収/対魔特攻/ダメージ増幅/狂気判定あり→失敗時状態異常乱心付与

 無数の鬼を喰ったとされる妖刀。傾国の刀としても恐れられている。



術式&スキル解説


聖なる瞳ホーリーアイ

 聖女固有スキル

 阻害無しで対象のステータスを確認出来る。



聖なる祝福ホーリーブレス

 聖女固有スキル

 対象者に全ステータスアップの支援効果。



魂の揺り籠ロクス・アモエヌス

 古代魔術式

 平行未来世界に干渉し最も安全な未来を選択することで、あらゆる死の確率を回避することができる。

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