第5話 決着〜純潔の契

「では、オロチ。尋常に勝負で御座る」


 真紅郎は刀を鞘に納めたまま、まだ動かない。


「戯けめ」


 最後の悪足掻きとみたオロチが真紅郎に襲いかかる。

 九つの首があらゆる方向から牙をむいて真紅郎に迫る。


 真紅郎はまだ刀を抜かない。


 九つの顎門アギトが、動く気配を見せない真紅郎へと迫る。

 もう躱す事のできない間合い。

 鋭い牙が真紅郎を捕らえようとする瞬間だった。

 まるで、そこだけ時が止まったようになる。


 それは真紅郎が両脇に携えた鞘から抜刀した時に始まり、オロチの首が瞬時に全て切断され、納刀された時に終わった。


 その一瞬にも満たない間、オロチの全ての首が切り落とされる。

 しかし、オロチはせせら笑う「無駄だ」と。


 言葉通り、瘴気が再び形を成し九つの首が再生しようとする。


「それこそこちらの台詞で御座るよ」


 そのオロチの言葉を真紅郎が打ち消す。

 言葉を裏打ちするように、再生しようと集束した瘴気が形を成すことなく霧散する。


「なっ、有り得ぬ。我の瘴核を全て破壊しただと」


「お主の再生する仕組みは見極めたで御座るからなモトは全て断たせてもらったで御座るよ」


 真紅郎が斬ったのはオロチの首だけでは無かった。戦いの最中にようやく見極めたオロチの八つの瘴核。纏った瘴気で巧妙に隠されていたそれを、同時に全て斬り捨てた。

 それは一つでも残っていれば、そこから瞬く間に分裂し再生する。それこそがオロチの無限再生の秘密だった。


「やっ、やりましたシンクロウ様。オロチの再生が止まりました」


 信じられない光景に聖女が飛び跳ねて喜びをあらわにする。


「今のうちで御座る。メルセディア殿、瘴気を八つに分けて封印してくだされ」


 しかし、真紅郎は持てる秘伝奥義【天地開闢テンチカイビャク】を使い疲労困憊の中でも油断することは無かった。

 すぐさまメルセディアに封印を願い出る。


「はい、直ぐに!」


 メルセディアは真紅郎の言葉に従い直ぐに手持ちの聖石を取り出すと瘴気を封印し始める。


「忌々しいモノノフの末裔め、折角蘇ったのに、まだひと一人も食らっておらぬのに……口惜しや」


「古の蛇龍よ大人しく眠りにつきなさい」


 メルセディアが八つの聖石を取り出し、それぞれに力を込める。

 再生出来ずに形を保つことのできない瘴気が、均等に聖石へと吸収され始める。


「おのれ、おのれ、おのれぇぇえ。せめて道連れにそなただけでも食ろうてくれる」


 しかしオロチも執念で残った力を集め、なんとか頭をひとつ作り上げる。

 そして自分を封印しようとする聖女に向かってその口を大きく開いた。それはオロチの最後の悪足掻きだった。

 

 しかし真紅郎もメルセディアを守るため、重い体を懸命に動かしてオロチの前に立ちはだかる。

 何とか動く右手で御殿場泰嗣ゴテンバヤスツグ作の愛刀【仁王丸】を抜き放ち、オロチを斬り裂いた。


 最後の一撃を阻まれ、悔しがると思われたオロチは不気味に笑う。


「くっくっく、呪詛を込めた一撃、簡単に防げるはずもなかろう」


 オロチの言葉通り、真紅郎の刀は腐食しボロボロになっていた。さらに右手も変色し呪いに蝕まれているのが見て取れた。

 


「お主を相手して腕一本で済むなら安い物で御座る」


 神話級の蛇龍の呪いを受けて死なずに済んだのはメルセディアが付与した【魂の揺り籠ロクス・アモエヌス】のお陰でもあった。


 しかし、ジワジワと呪いが侵蝕するのを感じた真紅郎は巻布で腕を縛る。そうして本当に僅かに残った力を振り絞り、左手の鬼喰丸で自分の右手を斬り落とした。

 

「がっはっはっ、躊躇いなく自分の腕を切り落とすとは……敵ながら見事だ。ここはモノノフの意地に免じて大人しく眠りについてやろう」


「負け惜しみですね。アナタは最後の最後までシンクロウ様に敵わなかった。斬り落とした右手も私の力なら……」


 メルセディアはオロチを睨みつけながら、聖石に力を込める。


 最後の悪足掻きでかき集められ、切り払われた瘴気が全ての聖石に封印される。


「さすがメルセディア殿。見事に封印してくれたて御座るな」


「全部シンクロウ様のお陰です。直ぐに治療しますので」


 メルセディアは慌てて真紅郎に近づくと、痛々しい右手を見る。


「止血してもらうと助かるで御座る」


「いいえ、全力でいかせて頂きます」


 真紅郎の言葉に首を振ると、メルセディアは残りの魔力を注ぎ込んで【完全再生フル・リジェネレイト】の聖魔術ホーリーメソッドを行使する。


 呪いの侵蝕を防ぐために斬り落とした真紅郎の右手が光に包まれる。


「……これが聖女の真の力で御座るか」


 光の粒子が集まり形を成していく。

 それに伴い失われた手、それが気持ち悪いくらいに再生していく。


「良かった。再生が間に合って……」


 腕の再生を終えたメルセディアが真紅郎に安堵の微笑みを見せた。


「ありがとうメルセディア殿」


「いえ、私こそ、助けてくれ……て……うんっ、あっぐっ」


 命の危険が去りひと安心したと思いきや、今度はメルセディアが苦しげに胸を押さえる。


「メルセディア殿。如何さなれた?」


「いえ、大丈夫です……その魔力不足と、あっん、その禁術の反動でしてぇ、んっ」


 メルセディアの甘い吐息。

 真紅郎の目にはその姿が艶かしく写る。


「禁術で御座るか? あの拙者に出来ることは」


「あのぉ、そのぉ、あの禁術を用いると死の反動から生存本能が強くなるらしくてぇ、ぁううぅん」


 メルセディアがねっとりとした、まとわりつくような視線を真紅郎に送る。

 その妖艶な感じに真紅郎が戸惑う。


「あの、急いで街に戻るで御じゃる」


「いやぁ、もうぉ、おさえきれませんでしゅ」


 メルセディアは真紅郎にしなだれかかると顔を上げる。

 突然抱きつかれたような形になり、おどおどと戸惑う真紅郎を尻目に、メルセディアは自ら顔を隠すベールと頭巾を取り去る。


 その瞬間真紅郎の目はメルセディアに釘付けになった。


「ぁぁ…………うっ、美しい」


 微動だにせず見惚れていた真紅郎から自然に言葉が溢れる。

 真紅郎に映ったメルセディアの姿は、伝説にある女神のようで、思わず息をするのを忘れるほど魅入っていた。


 頭巾で隠れていた薄青色の髪が解け、薄明かりでも分かる白くきめ細やかな肌と特徴的な少し尖った耳。

 薄い唇はしっとりと潤い、金色のアーモンドアイか真っ直ぐに真紅郎の瞳を見上げていた。


 真紅郎がここまで美しいと思った女性は人生で二度目だ。しかも好みでいえばメルセディアの方が断然タイプといえた。

 

「しっ、シンクロウさまぁ、どうか……私にお情けを……お願いします」


 そんな最高峰の美女が抱いてくれと懇願する。

 よほどの朴念仁でなければ、それだけで揺るがないはずがない。


「くっ、非常事態につけ込んで男女の契を交わすなど武人として恥で御座る。メルセディア殿、街に着いて落ち着くまで辛抱するで御座るよ」


 しかし蚊帳の外から見る真紅郎は朴念仁だった。


「お願いですシンクロウ様。このような時に信じて頂けないかもしれませんが私は貴方をお慕いしております。心から……」


 メルセディアはそう言うと、半年間の間積み重ねてきた恋心が膨れ上がり弾けた。潤んだ瞳で真紅郎を見つめながら問答無用で真紅郎の唇を奪い、ファーストキスを捧げた。


 突然唇を塞がれ驚く真紅郎。

 真紅郎もまた冒険の中で見てきたメルセディアのその性格を好ましく思い、ほのかに心を寄せていた。

 ただ真紅郎としてはいずれ目の前から去る者として気持ちを抑え込んでいた。

 だからこそ、もしメルセディアと結ばれるなら中途半端な関係性でいることは望んでいない。


「メルセディア殿……ならば拙者に責任を取らせてくだされ。曖昧な関係ではなく、誰よりも大切な存在としてそなたを愛していきたいで御座る」


 分かりにくい、遠回しのプロポーズにも近い真紅郎の言葉。

 しかし、メルセディアには意図が伝わったらしく満面の笑みを真紅郎に向ける。

 それは世界で初めて真紅郎だけに見せた聖女の最高の微笑みだった。


「はい、私もそれを望んでおります。聖女が素顔を晒すのは最愛の人の前でのみ、それも聖女を辞する時。もう私は聖女では無くシンクロウ様の女です」


 真紅郎はメルセディアの言葉に頷くと、今度は自らメルセディアを抱き寄せ唇を奪う。

 今度は情熱的な口付け、舌を絡ませる濃厚なキス。

 そんな初めて味わうとろけるような感覚に、メルセディアはさらにの体の奥が熱くなる。


「メルセディア殿……いやメルセディア、これよりそなたを拙者の妻にするで御座る」


 お固い真紅郎にとっては純潔の契を交わすということはそういう意味を含んでいた。


「あああっ、シンクロウ様。嬉しい、とても嬉しいです。私を貴方の妻にしてください……そして私は、聖女の号を捨てただのメルとなります」


 そう宣言するメルセディア。

 真紅郎に純潔を捧げれば聖女で居られなくなるのは明白。

 確かに禁術の反動もあるがこの意志は間違い無くメルセディアの本心だった。

 初めて好きになった相手を思うただのメルとして、その気持ちを優先させただけである。


「ありがとう。では拙者はこの刀に誓ってメルを永遠に愛すると誓うで御座るよ」


 武人の命とも言うべき刀に誓いを立てると、真紅郎は聖女の号セディアを捨てたメルに笑いかける。

 そしてお互いに惹かれ合うように、もう一度熱い口付けを交す。


 二人は熱に浮かされ、もう街に戻ることは考えていなかった。

 ただここはダンジョンの最奥。

 本来ならば男女が営みを交わすような場所ではない。しかし今、この場所は古の蛇龍オロチを封じていた空間という事が逆に幸いし、絶対的な安全地帯となっていた。


 真紅郎はアイテムボックスから休憩用の柔らかいカーペットを取り出すと床に敷き、優しくメルを横たえる。


 メルは初めての体験に高鳴る鼓動と同時に不安も抱えていた。

 そんな気持ちを察したかのように真紅郎は耳元で優しく囁きかける。

 その言葉に安心したメルはとろけきった瞳を真紅郎に向け迎えるように手を伸ばす。

 真紅郎はその手に抱きしめらるようにメルに倒れ込む。

 しばらくは直接触れ合う肌の温もりを互いに感じ合う。

 安心し落ち着いたメルの様子を確認し、真紅郎は白磁のような柔肌へと吸い付くように唇を這わせはじめる。


 メルは初めて感じる甘い疼きに堪らず声を上げる。その声が真紅郎を更に夢中にさせ、時間を掛けてお互いを昂ぶらせる結果に繋がる。


「シンクロウ様。愛しております」


「拙者も愛している……誰よりも」


 互いに愛の言葉を囁き合い、二人はチギリをかわしひとつになる。


 初めての痛みに顔をしかめるメルに真紅郎は優しくキスをして落ち着かせると、無理させないように優しく導いていく。


 メルも真紅郎とつながった痛みより、ひとつになれた喜びの方が上回り、苦悶の声から次第に喜びを伝える声へと変わる。


 互いに何度も愛を囁き、口付けを交わし、互いを満たし合い、相手の存在を実感する。

 そして経験したことのない凄まじい幸福感に満たされていく。

 

 そこは先程まで瘴気に満たされ、生き死にをかけた戦いが繰り広げられた場所とは思えないほど、二人だけの蜜月の空間へと様変わりしていた。

 





――――――――――――――――――


アイテム解説


【聖石】

 アイテムランク:C

 瘴気を吸収できる清められた特殊な石。


【仁王丸】

 等級:ユニーク

 特性:クリティカル時防御無視/精神耐性上昇/物理耐性上昇

 守護を司る仁王の加護を受けた名刀。



術式&スキル解説


天地開闢テンチカイビャク

 天之月影流秘伝奥義

 神速の居合い抜きを二刀同時に行い、そのままのスピードで無数の斬撃を繰り出す連撃技。


完全再生フル・リジェネレイト

 最上位聖魔術式

 肉体の記憶情報が残っている場合に限り、失われた欠損部位を再生させる。



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読んで頂きありがとう御座います。


作者のモチベーションにもつながるので、

☆でも☆☆でも構いませんので少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。もちろん☆☆☆を頂けたら泣いて喜びますので、どうかよろしくお願いします。

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