第43話 切り札

 彩女に近づこうと手を伸ばす男に待ったを掛け、颯爽と現れたメル。


 男は白けた表情でメルに向かい直すと言った。


「まったく、それじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか。折角運命の出逢いなのに印象が最悪だよ」


 当事者の彩女としては何を言っているのか理解出来ない。

 こんな悍ましいモノが運命の相手なら、一生恋人なんて要らないと本気で思う。


「メルさん、気をつけてこいつ普通じゃない」


「ええ、私にも分かります。その男の異質さが」


「はぁ、酷いなー、こんなに愛らしい少年の姿なのにまるで僕が化物みたいじゃないか」


 言葉通り見目麗しい少年のような男は、二人の言葉に気付いたフリをして泣き真似をする。


「白々しすぎ。見た目で騙せると思うなよ」


 そんな姿に勿論騙されること無く彩女が辛辣な言葉を投げ掛ける。


「全くです。だいたい何が運命ですか、そんな胡散臭いモノ、天之月影流の教えを受ける私が、断ち切らせてもらいます」


 追随する言葉と共に、メルが彩女を庇うため見た目だけ美少年との間に割って入る。


「はぁ、折角僕が優しく接して上げてるのにさ……そもそも中古は要らないだけどさ、君何だか少しだけ懐かしい匂いがするんだよね。何でだろう、だから殺さないであげているんだけどさ、少し痛い目に合うと分かるかな〜」


 少年のような男はそう言って『パチン』と指を鳴らす。


 すると大人しく座っていたウサギが高速でメルに襲い掛かってきた。


 そして響く『カキン』という金属音。


 何とかウサギの攻撃が見えたメルが風薙で鋭い牙を逸した。

 しかし、ギリギリで受けきった事で態勢を崩し、被っていたフードが脱げてしまう。


 すっかり暗くなった森の中、月明かりで照らされるメルの美しい姿は幻想的ですらあった。


 そして、それは目の前の少年のような男の目にも止まった。


「はっ? なっ、なんで、なんで、なんで、君みたいな美しい女性が処女じゃないんだよ。君みたいな美しい女性に釣り合う男なんて僕しかいないはずなのに……それなのに、なんで、なんで、しょうもない男にヤラれてるんだよ」


 全く意味の分からない男の言葉に気持ち悪さ全開のメル。そして何より許せない言葉にメルが静かにキレる。


「黙りなさい、この見た目クソガキのとっちゃん坊や。旦那様の素晴らしさを微塵も知らないくせに、なに勝手に決め付けているのですか。旦那様はアナタなんかよりも強くて、優しくて、常に私を満たしてくれる私にとってもう無くてはならない存在なのですよ、それをしょうもないなんなんて言うアナタの方がしょうもないどころか、どうしょうもない存在ですよ。だいたい言動も、彩女風に言えばキモすぎです」


「へぇ〜、ふぅん、ちょっと顔が良いだけの使い古しの売女が言ってくれるじゃん。だいたい他の男の精を受け入れた時点で女として終わってるだよ、汚染されて生きながら腐ってる穢れなんだよ、だから僕が穢れる前に救ってるのに、自分が救われなかったからって僻むなんてやっぱり心まで腐ってるんだな」


「……アナタにとってそれが穢なら、私は穢れたままでいる方がマシですね。それにいくら言葉を交わした所でアナタに通じる言葉を私は持ち合わせていません。なのでこんな無駄な時間を過すよりも、ここはお互いのためにもこのまま退くのが賢明ではないですか」


「はぁ、何で僕がお前みたいな穢れたクソ女の提案をて受けなきゃいけないのさ、僕の本命はアンタの後の金髪の娘だよ、乙女じゃない非処女はお呼びじゃないんだよね…………あっ、でも良いこと思いついちゃった。キミ顔だけは凄く綺麗だから特別に眷属にしてあげるよ、その上で他の処女の体と首だけを挿げ替えてあげる。そうすれば綺麗な顔と穢れていない綺麗な体だ。そうすれば僕のものとして側に置いておいてあげるよ」


 本気で良い考えだと思ったらしい少年のような男が満面の笑みで目を妖しく光らせる。

 その妖しく光らせた目を睨み返すメル。


「……邪眼か魔眼の類ですか……やはり外法の者でしたか」


「はっ!? 何で平気なの? 僕の魅了チャームの魔眼は人間ごときに防げるはずないのに」


「そういう事ですか、その魅了の魔眼を使う外法の者。聞いたことが有ります確か……」


『先代様を殺害したというリグレス。外法を用いて吸血鬼になったという男ですか』


「きっと、何かの間違いだよ。運良くレジストしただけだろう。本当に運がいいだけのヤリマンだな」


 リグレスはそう決めつけると再度目に魔力を込めて放つ。先程以上に妖しく輝く瞳。

 魅入られるようにメルが瞳を合わせる。


「ふっふ、やっぱり何かの間違いだったみたいだったようだね。人間のそれも処女でもない女になんてどうにかなるわけないし」


 目を合わせた後、リグレスの言葉に嫌悪感を顕にするメル。


「なに、さっきから独り言を言ってるんですか。やっぱり気持ち悪いです」


「なっ、何故だ。僕の魅了が効かないなんてありえない。それこそ魅了に特化した種族なら兎も角、人間ごときに防げるはずが……お前は一体何者なんだよ」


「ペラペラと、いちいち説明しないと気がすまないのですか、まったく鬱陶しい。それに私は……私はただの旦那様が愛おしいだけの女ですよ」


 少し考えた後、メルは自信満々に答える。


「そんな訳無い、そんな男に媚びる使い古しの非処女の売女が僕の魅了を二度もレジストするなんて、あり得ないだろう」


「はぁ、しつこいですね。まあ、それも終わりです。時間を頂いたお陰で準備は整いました」


 メルは左手の薬指にはめた指輪の反応を確認し、満面の笑みを浮かべる。


「はぁぁ? お前は何を言っているんだ」


「私が持つ最強の札を切らせてもらいます。アナタがしょうもないと言った男の力。身を持って知ると良いでしょう」


 メルは風薙を地に刺し連理の指輪に魔力を流す。

 それを起点にして、地面に召喚陣が形成され光り始める。


「全く意味不明なことを……もう良いよ。顔だけ記念に貰っておくからさ、一度死んどいてよ」


 トコトコん話が噛み合わないメルに対し、しびれを切らし、殺して終わらせる事にしたリグレスが動こうとする。

 

「連理の契りに基づき来て下さい私の愛しい人……さもん・まい・だーりん」


 しかし先に召喚術を完成させたメルが高らかに叫ぶ。


 召喚陣が激しい光りを放ち、集まった光りの粒子が召喚されし者を形取る。

 そして召喚に応じたメルにとっての最愛が目の前に姿を現すとメルに微笑みかけた。


「待たせたで御座るなメル」



 

――――――――――――――――――


【連理の指輪】

 等級:レジェンダリィ

 特性:相互通信/固有召喚術

 連理の枝から作られた対の指輪。指輪を付けた者の同士の存在が確認できる感知能力を持つ。また設定した召喚ワードに基づき片方の指輪の持ち主を召喚出来る術式が行使可能。

 



術式&スキル解説


【さもん・まい・だーりん】

 誓約型召喚術式(連理の指輪固有召喚術)

 連理の指輪の力で契を交わした相手を呼び寄せる召喚術。ただし召喚可能な条件は相手が転移可能エリアかつ求めに応じる必要がある。



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