閑話 暁光⑤
葵が目を覚ます。最近慣れてきた部屋の天井が目に映る。部屋は薄暗いがそれくらいは確認出来た。
それと共に感じる温かい手の感触。
すぐに、それが誰なのか葵は感じ取る。
同時に涙が自然とこぼれ落ちる。
『よかった。生きてて、本当に……』
真っ先に響之介が、最愛の人が自分のせいで命を落とさずにすんだという安堵感。
しかし、それは黒くおぞましいモノへと塗りつぶされる。
全てを諦めていた時の記憶が頭の中でフラッシュバックする。好きでもない相手に体中を弄られる嫌悪感が蘇り、自分でもコントロール出来ない恐怖から声を上げて泣き叫んでしまう。
うつらうつらだった響之介は葵の声と振り払われ手の感触ですぐに目を覚ます。響之介はパニック状態の葵を落ち着かせようとする。しかし、それを怯えた葵が拒絶した。
「葵、大丈夫、大丈夫だから、もうアイツはいないから、ねっ、大丈夫、だいじょうぶだよ」
同じく部屋にいた彩女が割って入ると、腕を取り何度も優しく言い聞かせるように言葉を掛ける。
「キョウくん、ごめん、メルさんを呼んできて」
彩女は葵を宥め賺しながら、合間に響之介へと使いをお願いする。
響之介は彩女の言葉に従い急いで一階に居るメルを呼びに行く。
「メルさん、葵が目を覚ましたけど、パニくってて、それで俺もどうしたら良いか分からなくて、だから彩女がメルさんを、メルさんを」
要領の得ない響之介とは対象的に、落ち着いてお茶を飲んでいたメルがひと息つく。
「ふぅ……先ずは貴方が落ち着きなさい。あと、しばらくここで待ってて、何ではなしです。それくらいは察して下さいね」
メルに言われなければ間違いなく「なんで」と問い掛けたであろう響之介が口を開きかけ止まる。
「ウエイトレスさん、こちらにカモミールティーをお願い」
メルは響之介のためにお勧めのお茶を注文すると葵の居る部屋へと向かった。
ひとり取り残された響之介は釈然としないまま、注文で持ってきたカモミールティーを受け取ると、座ってゆっくりと口をつける。
独特の香りが鼻を抜ける。
慣れないが嫌では無かった。
そうして、少しずつ飲んでいるうちに響之介もようやく落ち着つくことが出来た。
部屋にはランプの明かり。外は境界の茜色から夜の黒へと移り変わり始める。
ようやく落ち着くことが出来た葵は恩人でもあるメルの言葉を思い返す。
「大丈夫。貴方は穢されていないから」
言葉に嘘は感じられなかった。
しかし、葵自身途中からの記憶がボヤケている以上、その言葉が本当なのだと信じきることができないでいた。
それがもし、もしかしたら、その身を哀れんでの慰めの言葉だとしたら……。
葵はとにかく怖かった。
真実を知るのが。
疑いなく信じたかったメルの言葉を。
でも、やっぱり考えてしまう。
もう、自分は響之介に顔向け出来ない穢れた女になってしまったのではないかと。
そんな陰鬱な考えが頭の中を占めている時に部屋の扉がノックされる。
葵が無言のままでいると扉の向こう側から声がした。
「葵、入ってもいいかい?」
聞き慣れた声。それは葵が今一番会いたくて、でも一番会いたくない相手。
イイとかダメとか、そんな簡単な言葉すら返す事が出来ず。葵はただ押し黙って息を殺す。
廊下で佇む響之介もそれ以外の言葉が続かない。
そうして沈黙が続く。
たった扉一枚で隔たれた最愛であるはすの人に、お互い声を掛けることが出来ないでいる。
しばらくして、廊下の方から気配が遠ざかって行くのを葵は感じ取る。
安堵の気持ちと共に、このまま響之介が自分の元から本当に去っていくのではないかという、得体の知れない恐怖にも似た感覚に陥った。
すぐに呼び止めようと思い直し、慌てて声を出そうとするが喉が潰されたかのように声が出ない。
ベッドからはい出て追いかけようとするが体が金縛りに合ったように動かない。
気がつくと、いつの間にか男が部屋に侵入していた。葵は組み伏せられ身動きが取れない。
そうして動けない葵を嘲笑いながら、衣服に手を掛けると力任せに破いていく。
葵は男を跳ねようようと必死に抵抗するが体が石化されたように全く動けない。そうして、汚らわしい男と目が合う。その男の影、ラードは無防備にさらされてしまった葵の柔肌を見て、いやらしく笑った。
ラードは卑下た笑みを浮かべたまま舌を伸ばして来た。葵の程よい大きさで張りのある胸の淡い色をした先端部へと。
そして、おぞましさしか感じない指先を這わせる。本来愛する者しか触れることが許されていない下腹部へと。
葵からすれば、そこには嫌悪感しか無かった。
快感などまるでなく、ただ気持ち悪いだけだった。
しかしラードはこれを楽しい事だと言った。
しばらくすれば気持ちよくなると。
そしたら、一緒に楽しめるとも。
葵からすればあり得なかった。
こんな、一方的なものが楽しいはずなどなく、まして気持ちよくなるとも思えない。まして、どんなことがあっても一緒に楽しめるわけが無いと断言できた。
でも、どんなに気持ちで抵抗しても体は組み伏せられ動かない。そして好きなように体を弄ばれる。
あの男にとっては楽しくて、気持ちよい幸福な時間は、葵にとって無駄で無意味な唾棄すべき不要な時間。
そんな葵の心だけが一方的に削られる悪夢のような時間の中、もう自分ではどうにもならないと悟ったとき、ようやく開いた口から言葉が、叫びが、願いが音になって響いた。
「助けて、助けてよ、キョウ」と。
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◇
読んで頂きありがとう御座います。
そして評価して頂いた方には感謝を捧げます。
作者のモチベーションにもつながるので、
☆でも☆☆でも構いませんので少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。もちろん☆☆☆を頂けたら泣いて喜びますので、どうかよろしくお願いします。
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