第23話 悪漢成敗


 街外れの広場に居たはずの真紅郎は何故か港の方を歩いていた。

 そこは商人達の荷を一時的に預かる倉庫街で普段はあまり人気のない所だった。

 ギルドからもらっていたラードの資料から母国関連が怪しいと当たりをつけ、表の商会の方ではなく荷物を取り扱う裏が怪しいと踏んで来てみた次第である。


 そこにたむろする集団の男達がおり、その集団に気安く声を掛ける真紅郎。


「やあ、そなたらは、ウィンドランドのデクスター商会の者達で御座るか?」


「ああん、なんだ地元民が俺達になんのようだ」


 額の傷が特徴的な体格の良い男。

 その男がドスをきかせ威嚇する。


「いやいや、聞きたいことが御座ってな、聖戦士のラードという人物を知ってはいまいかと」


 威嚇してきた男は、真紅郎の口にした名前を聞いて目つきが更に険しいものに変わる。


「けっ、誰だそいつは聞いたこともないぜ」


 そう答えた男は男は目を逸らして明らかに怪しい。

 真紅郎もそれは分かっていたので揺さぶりを掛けて見る。


「あれ、おかしいで御座るな。ウィンドランドでは聖戦士は特別な職業で、子供でも知っていると聞いていたが嘘で御座ったか、ということはあのラードとか言う男偽物で御座るか」


 真紅郎がそう言ったことで、勝手に不味いと勘違いした男が慌てて訂正する。


「いや、思い出した、思い出したぜ。確かにいたラードって言う聖戦士がいて、みんな強くて優しいって褒めてたなー」


 いまさらながらの白々しい嘘で誤魔化そうとする男に、真紅郎は我慢できずに笑ってしまう。


「アハハハ、いくらなんでも無理があり過ぎるで御座ろう。最初に誤魔化そうとしたと言うことは後ろめたい事が有るのでは御座らんか?」


 こう聞かれれば大抵の脳筋なチンピラ風情はキレて本性を現す。目の前の男達もその例外にはならなかった。


「テメエ、どこまで知ってやがるって……まあ、面倒くせからな、おいおめえら、この知りたがりの兄ちゃん始末しちまいな」


「なるほど、問答無用で消しに掛かるとは真っ黒確定で御座るな。それならしっかりと白状してもらわねばな」


 各々に武器を取出し真紅郎を取り囲むチンピラ集団。真紅郎は臆することなく刀の柄に手を掛ける。


 それを合図にしたかのように一斉に襲いかかるチンピラ共。

 しかし攻撃は真紅郎にかすることもなく一刀のもとにバッタバッタと倒されていく。


 そんな圧倒的な強さを示す真紅郎を前に怯えた一人が口にした名前。


「ひぃ、もしかしてアシハラで有名な『鮮血の斬鬼』か」


 その男が聞いたのは、返り血で染まった真っ赤な髪を振り乱し笑いながら汎ゆるものを切っていくというアヤカシの類とも思える凄腕の侍の噂話だった。


「うぐっ、その二つ名は嫌いで御座るよ。そもそも、この赤髪は生まれ持ったもので返り血では御座らん。現に全員みね打ちで、血は流していないであろう」


 そしてその噂を知っている真紅郎も一部を否定したことで、逆にその存在が自分だと示していた。


「うぎゃー、やっぱりかー」


 騒ぐ子分達。

 最初に言葉を交わしたリーダー格の男も噂を耳にしたことはあった。しかし所詮は噂話と信じておらず、そんな事に怯える手下達の不甲斐なさに怒鳴りつけ激励する。


「狼狽えるんじゃねぇ、そんな化け物見てぇなやつがこんなところに現れるわけ無いだろう。ビビってねぇで相手は一人だ。多少の腕利きだろうがこのまま数で押し切りゃ大丈夫だ」


「ふむ、残念で御座る。大人しく話せば痛い目を見ずに済んだのだがな」


 真紅郎はヤレヤレと言った表情で首を振ると、向かってくるチンピラ共を数分のうちに一人残らず叩きのめした。


「ばっ、馬鹿なありえねぇ」


 リーダー格の男は信じられないもの見ていた。

 なにせチンピラとはいえ腕に覚えのある奴らを三十人近くは集めていた。それをたった一人の男が、ほんの数分で全滅させてしまったのだから。


 今更ながらに『鮮血の斬鬼』の噂は本当だったのだと後悔する。


「それでは洗いざらい白状してもらおうか、そなたらの目的を」


 蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまったリーダー格の男。もともと忠義の欠片などない男である

。恐怖に負けて知っていることは全て真紅郎に話してしまう。


 それによると、奴隷商も営んでいるデクスター商会に、とあるクライアントからアシハラの巫女の系譜に連なる娘が欲しいとのオーダーが入った。

 しかし巫女の系譜に連なるものは名家ばかりで中々手出しが出来ない。

 しかし、調べているうちにひとりだけ冒険者として家を出た娘がいることが分かる。

 そこで商会と深い繋がりあるラードに白羽の矢が立った。彼女に近づき後腐れない形で対処者を攫ってくる手筈となっていたが……。


「成る程。巫女に連なる血統をとある組織が求めていたと、それで慈法院家の葵殿を狙ったので御座るな」


「ああ、ラードの奴、いつもなら自分に惚れさせて直ぐに連れてくるのに、今回はえらく時間がかかりやがって、お陰でこんなバケモンに嗅ぎつけられる始末。こんなことなら強引に攫ってくれば良かったぜ」


 男の立場を弁えない言葉に真紅郎は呆れる。


「はあ、あまり冒険者ギルドを舐めない方がいいで御座るよ。失踪届けが出されればギルド直轄の冒険者達が動く、そうなると世界規模の組織から追われる事になるで御座るよ」


 もともと冒険者ギルドの成り立ちが、常に危険を伴う冒険者同士の相互補助から始まったこともあり、制約も多い分、保護も手厚い。

 抜け道としては冒険中の不慮の死。

 真紅郎の考えでは、恐らくラードはこれを狙ったのではないかと推測した。

 葵の恋人である響之介に、下手をすると死ぬかもしれない不幸を招くアミュレットを渡す。それにより響之介を亡き者にし、絶望する葵の心の隙をつく。きっとそんな下衆な企みだったのではと。


 真紅郎がそう考えていると、男が悔しげな表情で尋ねる。


「ぐっ、それでお前は俺達をどうするつもりだ」


「まあ、デクスター商会にそなたらの事を掛け合っても、どぼけて尻尾切りされるのが目に見えているで御座るからな」


「へぇ、分かってるじゃねぇか、それに俺達はまだ何も悪さはしちゃいねえ、この国の警邏組織だって捕まえる理由がねえだろう」


 ここにきて、男が不敵な笑みをこぼす。


「そうで御座るな。であるなら、ここはギルド査察官としての権利を履行する。そなたらをギルドの対立組織として認定し拘束するで御座るよ」


「はあ、何の権利があって」


「だから拙者はギルドの査察官権限を持っているで御座るよ、ほら」


 この男に見せたところで分からないだろうが形式上査察官バッジを提示する。


「いや、だからって何で冒険者ギルドに拘束されなきゃならねぇ」


「当然、冒険者を狙った誘拐未遂、それに先程の話からして、今までもラードと組んで何人かの冒険者を攫っているのであろう。ならはギルドへの敵対行為として十分に当てはまる」


「そんなの、どこに、どこに証拠があるってんだよ、証拠がよ……へっへ無いだろう、あるはずがよ、証拠が」


「それなら、先程の自白は全て魔導式のキューブでしっかりと録音しているで御座るよ」


 真紅郎は右手から青白く輝く立方体を取り出すと、録音内容を再生する。


 男はそれを聞くとようやく諦めたようで項垂れ動かなくなった。



 こうして真紅郎がチンピラ集団を拘束し、一時的に倉庫へ閉じ込めた頃。メルの方について行った方の現し臣ウツシオミの気配が消え、それと同時に記憶が統合される。


 そのことからラードが響之介に敗北し逃走を計った事を理解する。


 ラードには、すでに魔導式のトレーサーが仕込まれており場所は特定出来るようになっている。

 ただ真紅郎の予想では十中八九ここに来るだろうと予想していた。そしてその事はデクスター商会との関連を裏付けるものでもある。


 実際に位置を確認すると郊外の広場からこちらの方に向かってきているのが確認出来ていた。


 なので真紅郎は彼が到着するまでチンピラ達のたまり場で時間を潰す事になる。


 そして数刻が過ぎた頃。

 案の定慌てた様子でラードが駆け込んできた。


「お前ら作戦は失敗だ。とんだバケモノに目をつけられた。すぐにずらかるぞ」


 そう後から掛けられた声に、真紅郎はゆっくりと振り向く。


「ほお、そのバケモノとやらはこんな顔をしていたのではないで御座るか?」


「ひぃ、おっ、お前は……」


 ラードは仲間だと思って声をかけた人物が、今一番会いたくない人物と同じ顔をしていたことに驚愕の悲鳴を上げる。


「どうしたので御座る。まるでムジナにでも化かされたような顔をして」


「なんで、どうしてお前がここに居る? さっきまで街外れの広場に居て、なんで俺より早く先回り出来るんだ」


 ラードの当然の疑問に真紅郎は不敵に笑うと言った。


「わざわざ敵対する人間に種明かしすると思うで御座るか、拙者はベラベラと自慢げに手の内をあかすようなお人好しでは御座らんよ」

 

「くそっ、こうなったら」


 追い詰められ、もう後が無いと悟ったラードは、敵わないと理解しながらも武器を構える。


「安心するで御座るよ、格下と油断した相手に無様をさらし尻尾を巻いて逃げる輩など、刃を交える気にもならぬ」


「くそが、とことん馬鹿にしやがって」


 真紅郎の言葉に、ラードは激昂して聖斧を振り上げ斬りかかる。

 真紅郎は迫る斧の刃を両手で挟むように受け止めると、捻りを加えラードごと投げ捨て地面に叩き付ける。


 咄嗟の事でライフフィールドを展開していなかったラードは背中を強く打ちつけられ、一瞬息が詰まる。


 真紅郎は葵に対しての悪行を懲らしめる意味も含めて、股間目掛けて蹴りを入れる。何かが潰れるような鈍い音と共に泡を吹いてラードはそのまま意識を失ってしまった。


「ふぅ、つまらぬモノを蹴ってしまったで御座るな。しかし、このようなものが聖戦士の称号を得るとはウィンドランドは大丈夫なので御座ろうか」


 伝説にある聖戦士とはまるで思えない、情けないラードの有り様に、他国ながら不安を覚える真紅郎。


 ひとまずラードも拘束しチンピラ達と同じ倉庫に放り込んでおくと、報告のため冒険者ギルドに向かうのだった。





―――――――――――――――――


スキル解説


現し臣ウツシオミ

 特殊固有スキル

 実体を二つに分ける幽玄術。どちらも本体であり分身でもある。ただし能力値も半分になる。



読んで頂きありがとう御座います。

評価して頂いた方には感謝を捧げます。


作者のモチベーションにもつながるので、

☆でも☆☆でも構いませんので少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。もちろん☆☆☆を頂けたら泣いて喜びますので、どうかよろしくお願いします。



 

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