第22話 決着の後

 勝利の喜ぶ響之介とそれを称える真紅郎に、葵の手当を終えたメルがそっと近づき声をかける。


「ふふっ、いまの響之介君、カッコいいですよ葵さんにも見せてあげたかったです」


 メルの『葵』という言葉に反応した響之介は、勝利の余韻などあっという間に吹き飛ばし慌てて聞き返す。


「メルさん。葵は、葵は無事ですか? 怪我とか、酷い怪我とかしてませんか?」


 あまりの変わりようにメルが驚きつつも冷静に答える。


「落ち着いて響之介君。葵さんは無事よ、怪我もたいしたものではなくて、そのギリギリだったけど最悪の事態も避けられたみたい」


「あっ……よっ、よかったー」


 メルの言葉に安心した響之介。最後に残っていた緊張の糸が切れ体中から力が抜けると、するりと真紅郎の肩をすり抜け座り込む。


 真紅郎も真偽を確かめるためメルと目を合わせる。

 メルは目を逸らす事なく優しく微笑むと、すぐに険しい表情に変わる。


「でも、信頼していた人に裏切られ、酷いことをされそうになった事実は変わりません。それがどれだけ大きな心の傷になっているかは……正直、目が覚めてみないとですね」


 メルの言葉に響之介の顔が悔しさで歪む。


「俺がもっとしっかりしていれば」


「……響之介君。悔しいのは分かるけど、その言葉は葵さんの前では言っては駄目よ、謝ることもね。それらの言葉は葵さんも傷付ける言葉だから」


 メルは最後まで自分の事より響之介を心配していた言葉を思い出し忠告する。


「どうしてですか? 現に俺がもっと早く葵を信じてラードを疑っていれば」


 葵を一時でも疑ってしまった罪悪感に響之介は苦しそうな表情を浮かべる。


「ごめんなさい。言葉が足りなかったわね。恐らく彼女は、意図とは反対の呪われたアミュレットを貴方に渡してしまい、危険な目に合わせていたことを知らされているわ。うわ言で仕切りに貴方に謝ってたもの」


「でも、それはラードのやつの仕業で」


「ええ、でも、もし私が彼女の立場ならこう思うはずよ、自分がちゃんと調べて贈っていれば、他人の勧めではなくちゃんと自分で選んでいればと……それこそ今貴方が思っているように、自分がもっとしっかりしていればとね」

 

「あっ」


 メルが言わんとする事を理解して響之介が思わず声をもらす。

 付き合いの長い響之介からしても、葵がそう考える可用性は十分に高いと思えたからだ。

 そして、その考えが間違っていなければ、響之介が謝罪すればするほど、葵は自己嫌悪に陥るだろう。なにせ一番悪いと思っているのは葵自身なのだから。


「つまり、私が言いたいのはお互いの反省会を開くのはもう少し落ち着いてから。それこそ葵さんの心の傷を癒やすのが先決だとは思わない?」


 響之介はメルにそう言われたことで、まだまだ葵に対する配慮が足りていなかったことを実感する。

 もし、メルに忠告されなければ、自分の罪悪感、心の重しを取り除く方を優先し、楽になりたくて葵に謝罪していただろうと。


 そして必死に考える。傷ついた葵を癒やすためには何が必要なのかを。


 そうして答えが出ないまま悩んでいる響之介は、もう一つ重要な出来事に気付く。


 それは、さっきまで痛みでのたうち回っていたラードの姿がどこにも見当たらないという重大な事実に。


「しまった。ラードのやつが、ラードのやつが逃げやがった」


 慌てて追いかけようとする響之介をメルが呼び止める。


「葵さんを置いてどこに行くつもりですか?」


「ぐっ、しかしあんなヤツ野放ししたら……」


「それこそです。この場から旦那様がいなくなったことにも気付けない。そんな集中力を切らした響之介君ではどうにもなりませんよ。大人しく宿に帰って休みましょう。それに、葵さんが目を覚ましたとき側に居てあげなくてどうするのですか」


 メルに言われて真紅郎がいつの間にか側からいなくなっていたことに気付いた響之介。

 恐らくその様子を見ていたであろう隼人に視線を送る。隼人は響之介の視線に頷いて答える「大丈夫だ」と気持ちを込めて。


 実はラードが逃げようとしていることに隼人は気が付いていた。しかし、真紅郎からの目配せで動くなと言われた気がして動けなかった。

 そしてラードの姿が見えなくなったところで、真紅郎は隼人に親指を立てて褒める「よく我慢した」と。それから一瞬にして真紅郎の姿は風のように掻き消えてしまったのだ。まるで最初からそこにいなかったかのように。

 


「そっか真紅郎さんは……成る程。メルさんの言う通りですね。あんな奴より俺は葵を大切にしないとですね」


「はい、それにあの男も問題ありません」


 自信満々の笑みでメルが答える。

 側で様子を見ていた隼人も頷き口を開く。


「帰ろうぜキョウ。後はあの人がなんとかしてくれるさ、だってあの人はお前が憧れて尊敬するすごい人なんだろう」


「ああ、そうだ。俺もいつかはあの人みたいに……」


 真紅郎の底知れぬ実力に深く感銘を受けた二人が語る。

 そんな二人を見守りつつメルは思っていた。


『うん、うん流石は旦那様。男ですら魅了するイイ漢です。あっ、でもそうなると私は女性だけでなく男性にも注意しないといけないという事では……』


 そんなメルのとりとめのない想いを寄せらている旦那さまである真紅郎は、一人でとある場所へと向っていた。





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たくさんの応援ありがとう御座います。

読んで頂いてる読者様の優しさに感謝です。


引き続きになりますが☆でも☆☆でも構いませんので少しでも面白いと思って頂けたら評価してもらえると嬉しいです。もちろん☆☆☆を頂けたら泣いて喜びますので、どうかよろしくお願いします。

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