第37話 望まぬ再会
巨大熊を倒した後、すぐさま最初に当たりをつけたねぐら周辺へと向かった暁光の一行。
結論から言えば判断は正しかった。
ねぐらと思われる場所の周辺には争った跡が残されており、その痕跡には先程仕留めた熊とはまったく色合いが違う灰色の毛が散乱していた。
「もしかしたら、さっきの熊は追い出されて逃げてきたのかも」
彩女がひとつの仮説を立てる。
そしてすぐに、その推論が結論に変わる。
繁みの奥から現れた成人男性の優に三倍以上はある灰色の巨体。
野生動物とは異なる禍々しい気配。
「よく、これが近くに居て村が無事だったな」
隼人が率直な意見を述べる。
「いま【
すかさず相手を魔術で調べていたメルが告げる。
メルの言葉で各々が戦闘態勢に入る。
まず葵が土符で【
合わせてメルが【
アンガーグリズリーも敵意を剥き出しに立ち上がる。通常の熊ではあり得ない事だが、持ち上げた前脚の爪が刃のように伸びる。
それを迎え撃つように隼人が前に出る。
アンガーグリズリーは唸り声を上げながらその伸びた刃のような爪を振り下ろす。
隼人は持っていた大盾でその攻撃を受け止めきる。
その後ろで弓を構え射撃準備に入っていた彩女の手から矢が放たれる。
矢はアンガーグリズリーの左目に命中し、怯ませる事に成功する。
そこに響之介が刀による連撃を加える。
「響之介、反撃がくる下がれ」
状況を見ていた隼人が指示を出し、響之介を下がらせると自身が前に出てアンガーグリズリーの攻撃を抑え込む。
その間に火符による【
「隼人。魔術行くわよ」
葵の声に反応しアンガーグリズリーから間合いを取る隼人。安全圏を確認した葵が完成させていた魔術を放つ。
小規模な爆発と共に炎に包まれる灰色の巨体。
「背中借りるぞ」
響之介が隼人に声を掛けると、背中を借りて加速支援もあり、より高く飛翔する。
そして上空からいつもより速度の乗った響之介の【飛燕斬】がアンガーグリズリーにとっての止めの一撃となった。
炎に焼かれながら前のめりに倒れる巨大な熊。
同時に紫色をした瘴気の煙が立ち昇り、見る見る熊が縮んで行く。
「中身は普通の熊かよ」
隼人がそう言った通り、体から瘴気が完全に抜けきた熊は、それこそ何でもない普通の熊だった。
「瘴気に冒されるとあそこまでヤバくなるんだ」
彩女も討伐した熊を見て呟く。
「何れにせよ、今度こそ依頼達成よね」
葵が安堵の表情を見せ、響之介に駆け寄る。
「多分、魔獣化していたし間違い無いだろう」
響之介もそう答えると、寄り添ってきた葵に笑顔を向ける。
「大丈夫だとは思いますが、一度休憩したら周囲を調べておきますか」
憂いなくクエストを完了させたいメルが提案をする。
他の三人も同意し、少し休息を取る。そして辺りの調査に向かおうとした矢先だった。
「あーあ、何てことしてくれたんだ。これじゃあまたアイツに嫌味言われるじゃないか……はぁ」
肩まで伸びた金髪の男が目の前に現れると倒れた熊を見て溜息を吐く。
「実験体はついでなんだからさ、本命さえ取り逃さなければ大丈夫よ……たぶん」
その男の後ろから顔を見せたトンガリ帽子をかぶった魔術士風の女。
そして、その二人を見て一番驚いたのはメルだった。
それもその筈で、二人は他ならない自分を囮にして逃げ出したアデルとリリアンヌだったからだ。
思わず声を上げそうになるが、自分の事はまだ知られていない筈だと思い出し黙り込む。
「あなた方は誰ですか?」
油断なく響之介が伺う。
「ああ、俺達はただの通りすがりの冒険者だ、あんた達と同様のな」
「嘘ですね。ただの通りすがりがなぜ、この熊の事を知っているのですか? それにそちらの女性、言いましたよね実験体って」
葵がすぐにアデルの嘘を見破る。
「あらお嬢ちゃん。知ってて知らないフリするのも生き抜くには必要よ」
リリアンヌの言葉を聞き、さらに警戒心が高まる暁光の面々。
「リリー、そう脅かすな。何俺達は弱い者イジメをしにきたんじゃない。ちょと協力してもらいたいだけなんだよ」
アデルはなるべく穏やかな口調で響之介達に話しかける。
「協力ですか?」
不信感を拭えないまま響之介が耳を傾ける。
「そうそう、俺らの依頼主がなどうしても会いたいって人物がいてな」
「話だと赤褐色の髪っていってたから、そこの女。あなた、あなたよ、私達のために大人しく付いてきてくれないかしら」
口では頼んでいるのにも関わらず高圧的な感じしかしない二人に響之介達は警戒心を強くする。
「……葵は俺の……俺達の何よりも大切な仲間です。だから素性も分からないアナタ方に同行させる訳にいきません。だから、お断りします。会いたいのならギルドを通して正式に依頼して下さい」
響之介は感情を抑え、なるべく冷静に対処する。
「はぁ、痛い目みないと分からないのか? お前ら確かDランクだろう、どうあがいても俺達には勝てないぞ、下手したら無駄に死ぬことになるぞ」
アデルがそう言って響之介達を威圧する。
そこにリリアンヌが同調してまくし立てる。
「そうそう、弱者は大人しく強者に従うのが賢い方法よ……そうよ、そうじゃないと私達は……」
ただ最後の方は言葉を濁し悔しげな表情を浮かべる。
「自分の命が欲しくて仲間を見捨てろってか」
隼人が苛立つ、隣で彩女もアデルとリリアンヌを睨み付ける。
その態度にリリアンヌが苛つく。
「あんたら、本気の恐怖を味わった事ないでしょう。自分が死ぬもしれない状況とか、もうどうにもならない絶望を感じたことある……そう、無いよね。だから簡単に仲間の為にとかヌルいことが言えるのよ」
「……ヌルいですか。でも死の危険性もある冒険者としてお互いに命を預け合うのが仲間でしょう。なら仲間の為に命をかけて戦うのは道理。それが誰よりも、何よりも大切な存在なら尚更」
響之介が刀の柄に手を掛け、臨戦態勢に入る。
「ふん、青臭い事を。なら現実を知って絶望しろ」
アデルが敵意を隠すこと無く剥き出しにする。
「あー、イライラする。なんなのアンタ達。仲間なんかより自分の命の方が何よりも大事に決まってるじゃない。そんな生温い連中、どうせ長生き出来やしないんだがら……せめて、苦しまずまとめて消し炭にして上げるわ」
リリアンヌが怒りを顕に術式を構築し始める矢先だった。
その動きを読んでいたのか、先に【
相手から仕掛けてくるとは思っていたかったアデルの不意をつき、リリアンヌは動きさ捉えきれていなかった。
メルは高速でリリアンヌに接近すると彼女の鳩尾をグーパンで打ち抜いた。
「ぐへっ」
油断と完全に不意をつかれた事でライフフィールドも展開していなかったリリアンヌ。
反吐と共に呼吸が出来なくなり構築していた術式が解かれる。
そんな直ぐに立ち上がれないリリアンヌを見下ろしながらメルが葵に声をかける。
「葵、雷に注意して。金の符で結界を構築しなさい」
メルの言葉を受け、すぐに葵が金の符で【
「ちっ、なんで俺の攻撃を……って、その声、それに……その胸、お前死んだんじゃないのか?」
聞き覚えのある声と、ついつい目をやってしまう胸を見たアデルがとある人物を想像する。
「あら、誰のことを言っているのでしょうか?」
メルは惚けながらも、動けないリリアンヌにしっかりと止めを刺し気絶させる。
「しらばっくれるな。お前らのせいで俺達はドン底を味わったんだ。絶対に許さねぇ」
メルからすれば八つ当たりも良いところたが、アデルから滲み出る殺気は本物だ。
「……アナタがどなたかは存じませんが、人攫いの真似事をするなど、人として本当に堕ちるところまで、堕ちたのですね」
ある意味で哀れみとも取れる眼差しでメルはアデルを見る。
「黙れ、黙れ、誰のせいだと。俺達は自分の命を優先しただけなのにまるで周囲は俺達たけを悪者にしやがって、冒険者ギルドだって散々貢献してきた恩を忘れやがって」
「それこそ、アナタの事情など初対面の私達には預かり知らない事です。ただ火の粉が降り注ぐなら払うだけです」
メルは右手に最近愛刀となった風薙を逆手に構える。
『一番要注意のリリアンヌを抑えたとはいえ、腐ってもAランクのアデルの相手は響之介君達では厳しいでしょうね』
メルはそう判断すると、響之介達に告げる。
「アイツの実力だけは本物よ、そのまま【避雷陣】を展開させつつ撤退を……足止めは私がします」
メルとしてもアデルの実力は知っている。だからこそ一対一でアデルに勝てるとは思っていない、でも響之介達が撤退するくらいの時間は稼げるだろうと踏んでいた。
それにアデル本来の目的は葵なのだ。
敵意がこちらに向いて、その目的が疎かになっている今こそ、退却して葵を守るべきだという判断もあった。
メルは、油断なくアデルの様子を覗うと、片手で風薙を持ったまま器用に印を結び、両手に【
「後衛の癖に舐めやがって。いいぜ、かかってこいよ。相手しやる。そして死んでたほうが良かったって後悔するくらい嬲ってやるよ」
アデルは濁った目でそう言うのと、殺気を含んだ威圧感を放出する。
メルはそんな相手に怯むことなく響之介達が撤退する時間を稼ぐ為突撃するのだった。
――――――――――――――――――
【
五行符術式
土の力により防御耐性が上昇する力場を形成する。
【
下位汎用魔術式
指定した者の敏捷性を上げる。
【
中位炎系攻勢魔術式
爆発を引き起こす火球を敵に放つ
【
上位汎用魔術式
魔力により身体能力を大幅に上昇させる。
【
五行符術式
金の力により雷避けの結界を形成する。
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