第41話 逃走劇


 メルと隼人は合流地点に向かう前に農村に立ち寄り、現状の危険性を伝え、避難するように呼びかける。


 村人達は半信半疑だったが、腕を切られた隼人を見て顔を青くし我先にと避難の準備を始める。


「隼人君はこのまま一度、街へ戻って下さい」


「えっ、だってまだ彩女が」


「分かってます。ですが相手があれでは先程の二の舞いです」


「でも、彩女は俺が守らないといけないのに……」


 残酷だが正直に告げるメルの言葉に、悔しさで顔を歪ませる隼人。


「隼人君の悔しい気持ち……大切な人を守れないもどかしさは分かりますから」


 メルは何かを思い出したように悔しい表情を浮かべる。


「それなら、俺も一緒に」


「ダメです。何のために彩女が隙を作ってくれたと、それに片腕なら尚更です。厳しいことを言いますが足手まといなのです」


 再度、厳しいことを言うメル。

 本当なら腕をくっつける事も可能だが、今はあえてそうしない。完治すれば、付いてきかねないとの判断からだ。


「くっそっ、俺が、俺がもっと強ければ」


「必ず彩女は連れて帰って来ます。だから今は我慢をして下さい」


「……分かりました。響之介と葵には街の方に退避するように伝えていたので、後を追います」


「では、隼人君は葵達に合流してギルドに報告を、旦那様が戻っていたら、合わせて報告して下さい。今は気持ちより何が最善かを考えて行動して下さい。それが彩女を助ける事に繋がりますから」


「はい……どうか、俺の、俺の妹をお願いします」


 頭を下げてメルに懇願する隼人。

 メルは力強く頷くと、急いで待ち合わせ場所の東の森に向かう。



 そして到着した森で彩女の到着を待つ。

 しかし、待っていても彩女が姿をあらわす気配は無い。


『彩女無事でいて』


 焦る気持ちを何とか鎮め冷静に考えてみる。

 まず、あの特殊個体ネームドは異常だった。残念ながら彩女一人ではどうにもならないだろう。


『彩女ならそれを理解して逃げの一手のはず、でも合流地点には来ていない……なら合流出来ない理由は……』


 メルは最悪な予想を振り払い、急いで駆け出して行く。彩女と別れた地点へと。


 途中、【生体探知ライフサーチ】を使いながら異常な反応が無いかを調べていると、ようやく見つけた異常な地点。

 強い反応が二つ、まるで追いかけっこをしているようで高速に動いていた。そして、それとは違う生命と言えるか分からない奇妙な反応もひとつ。

 その反応にメルは心当たりが有った。


不死者アンデッドが居るの?』

 

 それはゾンビなどの動く死体リビングデッドとなどの疑似生命とは違う。

 彼等は特定の誓約の元で不死を約束された、人を捨てた外法の者。

 有名なところでは吸血鬼ヴァンパイア死越者リッチなどが知られている


 ローランフォード聖教会では禁忌中の禁忌とされ、外法を用いたものを異端と称し、無関係な者も巻き込み異端狩りが行われていた血塗られた時代もある。


『どうやら、急いだ方がよさそうね』


 おそらく彩女がそこに居ると確信したメルは、前衛職もビックリするようなスピードでその地点に向かうのだった。

 




 彩女は必死に逃げる。

 本来ならウサギを狩るのは狩人である彩女の方なのだが今は完全に逆だった。


 見た目だけは可愛らしい白兎が飛び跳ねながら狩人を追う姿はシュールだ。


 しかし、彩女は理解していた。

 アレとやり合えば命は無いと。

 だから取れる手段は逃げる事だけだった。


 その白兎もまるで遊んでいるかのように付かず離れずで追いかけてくる。


 だから彩女は目的の場所に向かえなかった。

 向えば折角逃した二人を巻き込んでしまう。


『……あんな光景見たくない』


 彩女の脳裏にこびりつく兄が腕を失った瞬間。

 頭が真っ白になった、同時に震えた、兄が死ぬかもしれないと。


 そこから彩女は、アレを兄から引き離す為に必死だった。矢弾も気にぜずに、矢を雨のように何度も放ち、注意を自分に向けさせた。


 お陰で矢は尽きたが、どうせアレ相手に真っ向勝負は無理だからと、彩女は直ぐに逃走した。


 そして、今は……。

 彩女が後ろを振り返ると、楽しそうに飛び跳ねるウサギが目に入る。


『シンさん、笑ってゴメン。ウサギ、確かに怖い』


 少しだけウサギが怖いと言った真紅郎の気持ちを理解する。


 捕まれば、間違いなく死ぬ。その恐ろしさをヒシヒシと感じている。


 しかし、ウサギは簡単に詰めれそうな距離を詰めようとしない。その事に彩女は得体の知れない思惑を感じていた。


 そして、走るどころか、歩くのさえやっとなほど疲れ切った時。

 周囲はもう日が落ちかけ薄暗くなっていた頃。


 追いついた筈のウサギは彩女に襲いかかる事無く周囲をピョンピョンと跳びはねて回っていた。


 それが余計に彩女の恐怖を煽る。

 まるでギロチンにかけられ、いつ落ちるか分からない刃を待つように。


『もう、ダメ』


 ついに彩女が目を閉じ諦めかけた時。


「おやおや、困ってるのかい?」


 場にそぐわない少し甲高い少年の声が聞こえた。


「アンタは」


 目開けた彩女の目に飛び込んだ悍ましい感覚。

 見た目はあどけない少年なのに、感じるのは吐き気を催すほどの嫌悪感。


「君を助けに来たナイト、なんちゃって」


 笑って答える少年。

 しかし、彩女にはやはり悍ましい姿にしか見えない。


「おえぇぇえ」


 たまらず嘔吐く彩女。

 その姿に少年は顔を顰める。


「なんだよ、折角助けに来てやったのに、そんな反応傷つくなー」


 少年の言葉通りなのか、飛び跳ねていたウサギは、いつの間にか大人しく座っていた。


「おえっ……うっ、何が助けにきただ。アンタがそのウサギの主だろ」


「ありゃ、バレてら」


 マッチポンプがバレた少年は悪びれた様子もなく舌を出す。


「当たり前、そんな都合良く助けなんて現れるわけ無い」


「イヤイヤ、夢の無い子だな。自分を助けに颯爽と現れる王子様とか、憧れても良いだろうに」


「これでも、大人の女。そんな夢見る年頃はとっくに過ぎてる」


「イヤイヤ、だって君処女だろ。匂いで分かるよ」


「むっ、やっぱりアンタキモイ。生理的に無理って感じ」


 実際、彩女は目の前の少年に嫌悪感しか感じない。


「はぁ、しょうがないなー、本当は僕に惚れて欲しかったんだけど、君、どういうわけか見えてるみたいだし、少し強引に行くしかないかなー」


 少年はそう言って笑顔を崩さないまま彩女に近づこうとする。


 そこに待ったを掛ける声が響く。


「待ちなさいそこの男。彩女には指一本触れることは許しません」


 少年は声の方に振り返る。

 聞き覚えのある声に彩女も振り向く。


「お前、誰だよ」

「メルさん」


 少年の問いに図らずも答える形で彩女の声が重なるのだった。




―――――――――――――――――――


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