第40話 疑惑と真実
思いがけないマチルダの問い掛けに静寂が辺りを支配する。
ひとりアーウィンが理解が追いつかず、どうして良いもやらとマチルダと真紅郎達を交互に見やる。
しかし、そんな張り詰めた空気を壊したのは他ならぬマチルダ自身たった。
「…………なんて冗談だ。なぜだか聖女様のお力を感じ取った気がしてな、もしかしてと思ってな」
マチルダが言った事はあながち間違いではなく、確かに聖女はこの場所で聖約を破り力を失っていた。
つまり、その失われた聖女の力の残滓がこの場所にはまだ残っていた。
それを資質の片鱗を持っていたマチルダが感じ取ったのだ。
「それに、真紅郎殿には申し訳無いが疑っていたのだ、万が一も考え、試す意味もあった」
そうマチルダに言われた真紅郎は表至って冷静に話を聞く。しかし内心は気が気じゃない。
「ほお、穏やかなじゃねえな。ここはギルドマスターとして話を聞かせてもらおうじゃないか」
ギルドメンバーの立場を守るという意味で真剣な表情をした法禅が間に入る。
「では、お二人に聞きたいのだがリグレスと言う名に心当たりは?」
内心の冷や汗が止まらない真紅郎。だがマチルダが尋ねてきた名前は本当に知らなかったので正直に答える。
「いや、拙者は知らぬで御座るが」
「そう言う事か。ちっ、まどろっこしい姉ちゃんだな。まったく、地方とはいえこれでもギルドマスターやってんだ。その男の名前くらい知っている。外法堕ち、聖女殺しのリグレスだろう。ってことはあれか、リグレスの野郎がシンさんを手駒に聖女を拐かしたんじゃないかと疑ったわけだ。けっありえねえ話たぜ」
「……宗方殿の見立て通りだ。しかもリグレスの事を知っていたとは、ならば最初から話しておくべだったな。これは私のミスだ」
「まあ、教会としては隠しておきたい汚点だろうからな……だが、なるほどな、つうことは、あれかお前さん
法禅の口から出た物騒な言葉に真紅郎も驚く。
真紅郎も噂だけは聞いていた、ローランフォード聖教会の中には、教義にそぐわない者を異端と認定し人知れず抹消してしまう組織が存在していると。
「恐れ入った宗方殿はそこまでご存じでしたか、あと真紅郎殿は安心してくれ、いまの異端狩りは内部の綱紀粛正を担っている部署。想像しているようなことはしてはいないからな」
真紅郎の表情から察したマチルダが慌てて取り繕う。それをフォローするかのように法禅が告げる。
「まあ、過去の歴史は消せねからな。だから、まあそんな血塗られた汚名のような名前を残しているのも、なんらかの意図があるんだろうさ」
そんな法禅の言葉など耳をすり抜け、ひとり冷や汗をかく人物が一人。
『……おいおい、マチルダって処刑人だったのかよ』
本人としては真紅郎限定だったとはいえ、あまり騎士として相応しい振る舞いをしていなかったと自覚のあるアーウィンである。その事から自分も綱紀粛正の対象にならないかと一瞬だけ考えてしまった。
「そのマチルダ殿の立ち位置は相分かったとして、そのリグレスとやらは?」
真紅郎はマチルダの口から出たリグレスという男の名が気になった。
「うむ、宗方殿も知っているのなら隠しておく必要もないだろう。アイツは先代、いや今は先々代になる聖女アルセディア様を殺した最悪の背信者だ」
「…………その先々代というのは?」
一瞬の静寂の後。彼女が言い直したことと、メルの聖女だった頃の名と近しい事から気になった真紅郎が尋ねる。
「そのセディアは、当代の慈愛の聖女に贈られる法名なのだ、だからメルセディア様が亡くなられたかもしれない今となっては……」
最後は言いにくいのか言葉を濁すマチルダ。
真紅郎も話を聞いて合点がいき黙って頷く。
そこに法禅が言葉を挟む。
「つまり、今回もセディアの名を持つ聖女が亡くなったとあれば、その聖女殺しの大罪人が今回の件にも関わっているのではないかと教会は思った訳だ」
法禅の推測にマチルダが頷く。
「はい、実際、リグレスがこのアシハラ方面に潜伏しているという情報は以前からあったので」
「うむ、だが今回の聖女の件に関してはその男は全く関与していない筈で御座る。報告した通り、聖女が命を落としたのは、オロチの最後の呪詛を受けてのもの、その呪いの証明になるかは分からぬが」
真紅郎はアイテムボックスから呪詛を浴びた仁王丸を取り出しマチルダに見せる。
「これは、酷いな。完全に朽ち果てている」
痛々しい表情でマチルダが刀を見る。
「なるほどな、刀がこんなになるほどの高濃度の瘴気を浴びれば人間なら骨まで腐って……いや済まん失言だった」
隣で見ていた法禅の失言が図らずも真紅郎にとってはフォローになる。
アーウィンはその言葉から嫌な想像をしたのか蹲って口を抑える。
「真紅郎殿……あなたにとっても嫌な記憶のはずなのに、我々は真紅郎殿にリグレスの協力者の疑いを掛けてしまった。本当に申し訳無い」
マチルダが頭を下げて謝罪する。
「いや、マチルダ殿の立場なら致し方ないで御座るよ」
真紅郎としてはこれ以上は下手のことを言って墓穴を掘るのは避けたいため、素直に謝罪を受け入れる。
「まあ、教会はシンさんの人柄なんて知りやしないからな」
「確かに、私も一緒にダンジョンに潜らなければ分からなかったからな」
マチルダが法禅の言葉に頷く。
「ふん、俺はそこまで信用してないけどな」
相変わらずアーウィンたけは真紅郎には気を許さない。
「アーウィン。あなたはまったく……まあ、良いです、それよりリグレスの事ですが」
マチルダが他にリグレスに関する情報が他に無いか尋ねる。
「残念だがワシの方には情報は来てねえな。こちとらオロチの再封印で大忙しだったってことはあるがな」
法禅の答えにマチルダは残念そうな表情を浮かべる。
「それならば、一度ギルドに戻って情報を集めたほうが良いのではないか、親方の耳に入っていない些細な情報などから糸口が掴めるかも知れぬぞ」
「……確かに真紅郎殿の言う通りかもな」
「はあ、なら、とっとと決めてくれ。俺の目的は終えたからな」
アーウィンとしてはメルセディアの事の方が優先だった為、リグレスとやらの件はあまり興味が無かった。
ただ、最初の懸念通りリグレスがメルセディアに関わっているようなら話は変わってきただろうが。
「なら、さっさと帰るぞ。聞くまでもないが嬢ちゃんの話もここだけの話ってことで良いんだよな」
「理解が早くて助かる。私が異端狩りなのは司祭すら知らない事なので……もちろんアーウィンも他言無用だぞ」
「分かってる。俺も粛清されたくないしな」
「ああ、アーウィン殿は教会の人間だから粛清対象になるので御座るな」
アーウィンの言葉の意味を理解し真紅郎が微笑む。
「ぐっ、キサマいま笑っただろう」
「別にバカにして笑ったのでは御座らんよ。アーウィン殿は早とちりが過ぎるで御座るよ」
なんとなくアーウィンの扱い方が分かってきた真紅郎は、また微笑む。
「ほら、兄ちゃんも面倒臭い事言ってないでさっさと帰るぞ」
来たときと同様に法禅に首根っこを捕まれ引きずられるアーウィン。
「その、あの方本当に魔術士なのか?」
「まあ、ガタイだけ見ればとう見ても前衛職で御座るからな」
二人はそう囁き合いながら後を追う。
その後は特に問題なく地上に戻るのだった。
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