第12話 酒宴
真紅郎の行きつけの店『神楽亭』に移動した四人。
率先して真紅郎が店に入ると、オカッパ頭で栗色の髪色をした可愛らしい給仕の少女が、元気な声で出迎える。
「いらっしゃいませー。ってシンさんじゃないですか。今日はどうしますかー? 何時ものやつですか?、それともアレいっちゃいますー、何なら今日はわ・た・し・にします?」
ちなみに『神楽亭』は、そういうムフフなサービスはやっていない普通の居酒屋である。
今回のこの発言は、常連の真紅郎に対しておませな少女のちょっとしたイタズラである。
「ハッハッハッハ、嫌でござるなお雪殿、冗談は程々にするでコザルヨー」
背中からオロチも上回るプレッシャーを感じ背中に冷や汗をかく真紅郎。
その雰囲気を敏感に感じ取ったお雪は、真紅郎が引き連れてきた人達に気づく。
「あっ、しっ失礼しました。お友達もご一緒なんですね。そっ、その変な冗談を言ってごめんなさい」
真紅郎にお雪と呼ばれた給仕の少女は、メル達の存在に気づき恥ずかしくなって慌てて謝る。
途端に真紅郎は背中から感じていたプレッシャーから解放される。
真紅郎はそのまま「ふぅぅ」と一息つくとお雪に本題を告げる。
「見てもらった通り、今日は連れがいるで御座る。出来れば個室が空いていればそこでお願いしたいので御座るが」
「はい、それならちょうど良かったです。いま個室が空いたところなので、ご案内しますね」
「うむ、よろしく頼むで御座る」
真紅郎が頷くとお雪が奥の居間へと案内する。
部屋は掘りごたつになっていて、四人どころか六人程度でもまだ少し余裕のある広さだった。
四人は真紅郎とメル、響之介と葵でそれぞれ隣り合って席に着く。
「響之介殿達はお酒の方はいける口で御座るか?」
「「はい」」
真紅郎な問いに二人の声が重なる。
「はっはっ、仲が良いで御座るな。それではお雪殿、とりあえず麦芽酒を四つと、刺し身の盛り合わせと、いつものヤツをお願いするで御座る」
「はい、飲み物はすぐにお持ちしますのでお待ち下さい」
真紅郎からの注文を、お雪が厨房の方へ通しに行く。
「メル、もうフードをとっても良いのではない御座らぬか」
個室ということもあり、素顔を晒しても問題ないと考えた真紅郎がメルに提案する。
その言葉に響之介と葵も反応して、メルをじっと見つめる。
「ふっ二人共そんなに見られると恥ずかしいです」
「そうよ、キョウ。男が女性の顔をジロジロと覗くなんて失礼よ」
自分の事は棚に上げつつキョウを叱る葵。
すかさず響之介も言葉を返す。
「葵だって同性でも遠慮なしに見られるのはいい気分がしないと思うぞ」
二人の雰囲気から、だたの軽口の応酬だとすぐさま分かったが、折角なら楽しく飲みたいメルは覚悟を決める。
聖女になって以降、メルにとっては真紅郎以外に素顔を晒す初めての機会。
真紅郎は「美しい」と言ってはくれたが、メルからすると自分の素顔に自信は持てなかった。
常にベールと認識阻害の魔術で隠してきた事で、自分の顔に無頓着だったことが原因である。
ただこれからは真紅郎の妻として素顔をさらして生きていくのだから、今まで同様に顔を隠し続けるわけにはいかない。それはメルも理解していた。
メルは一度真紅郎を横目で見ると、真紅郎が視線を絡めて微笑んでくれる。
視線を正面に戻すと期待に満ちた二人の眼差し。
メルは落ち着かせる為に息を大きく吸い込み、吐き出す。
そこでようやく気持ちを固めフードを脱いで見せると、メルは自らの口で自己紹介をしてみせた。
「改めまして、私は松比良真紅郎様の婚約者でメルリンクエンクロムアミノメルドラム、長いのでメルと呼ばれております。お二人共どうぞ宜しくお願いしますね」
真紅郎ですら多分もう言うことが出来ないであろう適当な名前を正確に伝え、頭を下げるメル。
そしてその姿を見た二人の反応は……。
「ぁっ…………」
響之介は余りの美しさにポカーンと口が開きっぱなしだった。
まさに絶世の美女という言葉は目の前の女性のためにある言葉だと思ってしまった。
「すっ……すっ……すごい、すごい、すごく綺麗ですメルさん。驚きました私が見た女性の中で一番綺麗です。うわー、羨ましいな肌も真っ白で、空のような青い髪も、髪型もショートだからこそ、お顔の美しさが際立つというか……もう、なんと言ったらいいか、素敵すぎます」
何故か響之介以上に葵が興奮して身を乗り出し、勢いよくメルに話しかけてきた。
「あっ、ありがとう。美人の葵さんにそう言ってもらえると嬉しいわ」
「いえ、いえ、私が美人だなんてメルさんを前にしたら烏滸がまし過ぎます」
葵はメルの言葉を手を全力で振って否定する。
気を取り直した響之介が追従するかのように小声で呟く「確かに」と。
その瞬間、葵に物凄い目で見られて、思わずビクンっとなってしまう響之介。
「ふっふっ、本当に二人は仲が良いのですね」
そんな気兼ねないやり取りが面白ったのかメルが笑う。
ちょうどそのタイミングでお雪が飲み物を持って戻ってくる。
「お待たせしましたって。うわぁ、そちらの方は、もしかしてフードの方ですか?」
お雪もメルの素顔に驚き思わず確認してしまう。
「ええ、そうですよ。こちらは旦那様がご贔屓にしてるようだし、今後も来ることがあると思うから宜しくねお雪ちゃん」
そう言ってメルはお雪にも聖女仕込みの処世術で微笑みかける。
「ひゃっ、ひゃい、宜しくお願いしますです」
お雪はメルの微笑みに思わず緊張が先に来てしまい慌てた様子になる。
しかし、そこは少女とはいえ長く店の手伝いをしてきた商売人の娘。すぐに立ち直ると、テキパキと四人の前にジョッキを置いて行く。
お雪はドリンクを配り終わると、年相応の愛らしい笑顔を返してその場を離れた。
四人は目の前のなみなみと注がれたジョッキを手に取ると、自然に年長者である真紅郎が音頭を取る形になる。
「では、出会った縁に、乾杯で御座る」
「「「乾杯」」」
真紅郎の声に合わせてジョッキを傾け合う。
皆が一斉に口をつけ飲み干していく。
「もう、キョウったら、そんなに一気に飲んで大丈夫? 麦芽酒苦手でしょう」
「葵、そんな事、今言わなくても」
葵としては響之介を心配しての言葉だったが、響之介からすれば憧れの真紅郎から勧められた酒である。無下にしたくない思いの方が強かった。
「なんと、響之介殿は麦芽酒が苦手で御座ったか、これは失礼した。酒は楽しく呑むもの遠慮なく好きなものを頼むと良いで御座る」
「しかし、それでは……」
真紅郎に言われたとはいえ遠慮がちな響之介。
「それでは私も麦芽酒は苦手なので『月宵』を頂きますね」
響之介か頼みやすくするために、メルが朗らかに告げる。
先日の事もありメルを心配した真紅郎が声を掛ける。
「構わないで御座るが、飲み過ぎないようにするで御座るよ」
「ふっふ、今ならそうなっても大丈夫ですよ、なにせ頼りになる旦那様がいますから」
まだ酔っていないはすのメルが真紅郎にしなだれるとイチャチャしだす。
そんな様子を見ていた響之介と葵の二人は見ている方が恥ずかしくなり、なんだか胸が甘ったるい空気に満たされ、二人して盛大なため息を吐いた。
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