第2話 探索


 部屋に戻り早々に探索の準備を整えた真紅郎。


 腰には二本の太刀を携え、それぞれ白塗りと黒塗りの鞘に納められている。


 出で立ちは、アシハラ特有の羽織袴をアレンジした軽装で動きを重視したものだ。

 これは世界最大のダンジョン『偉大なる深淵グランド・アビス』攻略のため生まれた技術、生命障壁ライフフィールドの恩恵でもある。

 そのため昨今の冒険者は真紅郎に限らず軽装スタイルが主流である。

 


 準備も整ったため、部屋から出た真紅郎は一階の居酒屋兼食堂に向かう。   

 食事をとるため、5人が座れるテーブルを見つけると場所を確保する。

 他のメンバーがいつ来るのか分からないため、先に給仕に声を掛け食事を注文をする。


 ちょうど注文した食事が目の前に置かれた頃合いで、聖女が降りてきた。


 いつもと変わらない戒律に従った上から下まで純白の装い。そして昨日と変わらない、体のラインを強調させないゆったり目の白装束をもってしても、隠しきれない天の恵みたる双丘。


 すぐ真紅郎が居ることに気付いた聖女はテーブルまでやってくると朝の挨拶をし、そのまま真紅郎の真向かいに座る。

 存在自体が目を引く彼女。

 呼ばずとも給仕が気を利かせて注文を取りに来る。彼女は真紅郎の食事を指差し同じ朝食をお願いする。


 給仕とのやり取りを見ながら、聖女の様子を見ていた真紅郎が心配して尋ねる。


「酒は残ってないで御座るか?」


「ええ、ご心配おかけしました。あれくらいならば寝れば大丈夫です」


 『月宵』を何杯も呑んで酔い潰れたとはいえ、目覚めて二日酔いになっていないあたり、真紅郎も何度か見てきたが、思った以上の酒の強さに改めて感心させられる。



 逆に遅れてやってきアデルの方は、酒が残っているのか頭を抱えていたのが対象的だった。

 そして降りてくるなり聖女に対して声を荒げる。


「メルセディア、早く解毒しろ」


 こめかみを押さえたままの自称勇者は聖女の隣に腰掛ける。二日酔いを治すため、聖女に解毒をするようにと命令していた。


「はぁ、あれだけ言ったのに……ここでは迷惑になりますので、迷宮に入ってから治癒魔術を掛けます。もう少し辛抱して下さい」


 どの国でも、こういった街の中の人が集まるような場所で、緊急時以外に魔術を行使するのは禁止されている。

 命の危険性が無い以上聖女のとった対応は適切といえた。

 しかしアデルはそれが気に入らないらしく、忌々しげに聖女を睨みつける。


「ちっ、相変わらずつかえないな」


 聖女の言葉に悪態をつく勇者。

 その言葉を気に留める様子もなく黙々と食事を進める聖女。

 そこに二階から騒がしく姉妹が降りてくる。


「もう、置いてくなんて酷いよアデルぅ」


「そうです、昨日はあんなに楽しんでおいて」


「うるせぇ、どうせお前ら湯浴みとかで時間かかるだろうが」


 二日酔いで苛立っているためか、周囲に八つ当たりをはじめるアデル。それをやんわりと真紅郎が諌める。


「勇者殿、痴話喧嘩はそのくらいにしておくで御座るよ」


「ちっ、そうだな、早くこの頭痛も治してもらわないとだしな」


 アデルがそういうと姉妹が揃って文句を言ってくる。しかしアデルは取り合うことなく、そのまま迷宮へと向かうため席を立つ。

 ちょうど聖女も食事が終わり、丁寧にナプキンで口元を拭う。

 騒がしい姉妹が「私達まだ朝食べてないんだけど」と文句を言っていたが、アデルはその言葉を無視して目的のダンジョンへと向かうのだった。




 その自称勇者達が現在攻略中のダンジョンは『大蛇塚おろちづか』と呼ばれている場所であり、アシハラの伝説にある八本首の蛇龍を封印している。

 事実最下層には封印の間があり、封を解くことは禁止とされていた。

 真紅郎を含めた勇者パーティーは昨日までで第七階層の半分以上を踏破していた。

 あとは下に続く第七門を見つけ出せば晴れて最下層へと進むことが出来る。


 そしてそれは以外と早くに見つかった。


 門の有る間は、上層と同じような広い大広間の作りになっていた。

 アデルが率先して目の前の広い空間に踏み入る。

 今までと同様、侵入者に反応してフロアボスが姿を現す。


 一見すると巨大な蛇。

 しかし伝説にある八本首ではなく、目や鼻もなく有るのは口だけだった。


「野槌で御座るな」


 真紅郎が自身の知識に該当する名をあげる。


「強いのか?」


「我々なら勝てるレベルで御座るよ。ただあの口に呑まれたら、二度と出てこれないと云われているので気を付けるで御座るよ」


「なるほどね、なら遠距離が有効だな」 


 そう言って勇者は雷撃の魔術を行使する。

 合わせてリリアンヌが炎系の魔術を使って追撃し、カトリーヌが撹乱するように動き矢を当てていく。そしてそれを聖女が強化付与で底上げしていた。


 聖女からの恩恵を受け、真紅郎も能力が向上した状態で、闘気を込めた剣気を放ち遠距離攻撃を行う。

 真紅郎からすれば、あの程度なら近づいて一刀両断した方が早いとの考えだが、彼は雇われ者の努めとして、パーティーリーダーの指示に従う。


 実際、少し時間が掛かった程度で問題なく野槌を倒し、下層につながる門を開放した。


 思いの外早く門が見つかり、余力を残していたことから、このまま下層に挑む判断をしたアデル。


 真紅郎は一応、このダンジョンの禁止事項について念を押しておく。


「勇者殿。分かっておられると思うが、封印の間には立ち入ってはならぬで御座るよ」


「分かってるって、用心棒殿」


 自称勇者が笑って答える。


「だいじょぶ、だいじょぶー」

「そうそう、私達もバカじゃないって」


 一番不安そうな事をいう姉妹。


「シンクロウ様。いざというときは私が身を挺して止めますので」


 真紅郎に聖女が申し訳無さそうに頭を下げる。

 お守りも大変だと、つくづく同情してしまう真紅郎。


「ほら、もたもたしてないで行くぞお前たち」


 自称勇者はまさに称号を体現するかのように、勇んで最下層に向けて進んでいく。

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