第11話 羨望の眼差し
葵はすぐに、響之介に見せていたツンツンした態度を改めると、真紅郎達に向き合い真面目な顔で頭を下げてきた。
「失礼しました。改めて名乗らせて頂きます。私は
ここが冒険者ギルドということもあり、らしい挨拶をする葵。
真紅郎も同じように挨拶を返す。
「これは丁寧な挨拶かたじけない。拙者は松比良真紅郎。先程まではアデルという男がリーダーをしていた『ライトニング・ブレイブ』というパーティに雇われていたで御座るが故あって脱退したところ御座る。そしてこちらは拙者の婚約者で……」
ここで真紅郎は変に考え込んでしまう、安易にメルと名前を告げれば勘が良い者なら聖女メルセディアとの関連を悟られるかもしれないと。
「メルリンクエンクロムアミノメルドラム、名前が長いので、そのメルと読んでいるで御座るよ」
流石のメルも真紅郎のこの説明にはフードの下で苦笑いを浮かべていた。
「あのごめんなさい、失礼ですがお名前を覚えきれないので私もメルさんとお呼びして宜しいでしょうか?」
真紅郎の突拍子もない名前のせいで、葵が申し訳無さそうにする。
気を使わせてしまい、慌てて首を振って了承の意志を伝えるメル。
同時に抗議の意味を込めて真紅郎の脇腹をツンツンする。
『くっ、くすぐったいで御座る』
思った以上にメルの指先からもたらされる絶妙な刺激が効いたらしく真紅郎が身悶える。
メルは思わず発見した真紅郎の弱点に喜び、フードの下でデレデレと笑みを浮かべていた。
そんな隙あらばイチャつこうとしてるようにしか見えない二人を見て、葵の態度は申し訳無さから怪訝な視線に変わっていた。
「あの、本当にこの人がキョウの憧れの人なの?」
「うん、間違いないよ。二年前の御前試合で前年優勝者の
「……でもなんか凄そうには見えないよ」
「そっ、そんなことないよ、凄い人ほど普段はそれを表に出さないだよ……きっと……たぶん」
響之介も本当は真紅郎のことをもっとストイックな人間だと思っていた。
事実、普段の真紅郎なら響之介が想像していたものに近いのだが、今の真紅郎はメルと結ばれた事で完全に舞い上がっている。
しかし、そんな姿の真紅郎でも響之介は幻滅することなく憧れの視線を向け続けていた。
真紅郎もその視線には気づいていたので「こほん」と咳払いをして場を取り繕うと響之介に提案をする。
「響之介殿、ここで知り合ったのも何かの縁、よければこれから食事でもどうで御座るか?」
「えっ良いんですか是非………っ」
真紅郎の提案に、響之介は喜んで了承する。
しかし直ぐに葵の存在を思い出し苦笑いを彼女に向ける。
「まったく、しょうがないわね。良いわよ行ってきなさいよ憧れの人なんでしょう」
葵は呆れた様子を見せつつ響之介が行くことを認める。
「よければ、そちらの綺麗なお嬢様も一緒にどうで御座るか?」
「えっ、私? そんな綺麗だなんて照れてしまいます」
その反応に真紅郎は疑問に感じた。
ツンデレという存在ならばここは照れ隠しの反応をするのではないかと?
その疑問を瞬時に読み取ったのか、メルが小声で補足する。
「旦那様、ツンデレにもタイプがあって彼女は好きな人にしか照れ隠しをしないようです」
「……なんとも、つんでれとはまったく難儀な性格で御座るな」
「その分、反転したギャップに殿方は落ちるようです。こんど実演してさしあげましょうか?」
真紅郎は何となくメルのプリプリとした態度からデレデレになる瞬間を想像し頷いて答えた。
「…………それでは機会があれば」
そして、響之介の想像していたストイックで孤高の剣豪という姿の真紅郎は完全に死んだ。
幸い響之介本人に悟られなかったのが救いだった。
そうして真紅郎とメルが小声で話している間に、響之介は照れる葵を誘う。
「葵、折角だから一緒に行こうよ」
「うーん、でも私もうご飯食べちゃったからなー」
葵は先程宿の食堂で食事を済ませてきた為断ろうかと考えていた。
そこに場を読んだ真紅郎が提案をする。
「それなら、飲み物だけでも構わぬで御座るよ。あと甘味も美味しいので、気が向いたら食べると良いで御座る」
「あっ、それなら、行きます」
甘味に釣られた葵が同行を承諾する。
あまりの手のひら返しっぷりに、笑いながら響之介がからかう。
「あれー、お腹いっぱいじゃなかったの?」
「ふん、今がお腹いっぱいなだけで、時間が経てばデザートくらいなら食べれるわよ」
「ふーん、それこそ大丈夫? またふとっ……」
「あー、あー、そんなの人前で言うことじゃ無いでしょう。まったくキョウってデリカシーが足りないのよね。その辺……」
「はいはい、ラードさんを見習いますよ、ラードさんを」
ツンデレを念頭に置けば特にお互いにからかい合うだけに見えるのだが、何となくメルは響之介の表情に違和感を感じ取る。
そして、そんな様子を同じように受付カウターから見ている人物がいた。
陽花である。そして何故か彼女は心配そうな表情を浮かべていたのだった。
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