第9話 ギルドマスター


 二階に案内された真紅郎が席に座って待っていると、すぐに三階から陽花の報告を受けた宗方法禅ムナカタホウゼン

 このイズモのギルドマスターで皆から親方と慕われている男か慌てて降りてくる。


 見た目は巨漢の筋肉ダルマ。

 体中には古傷が見て取れ一見すれば歴戦の闘士と勘違いするだろう。

 しかし、彼は【プロフェッサー】の称号まで持つ最高位の魔術士である。


「おいおいおい、シンさんよ。オロチとやり合ったんだって良く生きて帰れたな」

 

「……聖女殿のお陰で御座るよ」


 詰め寄ってきた法禅の言葉に、嘘の下手な真紅郎は誤魔化すように俯いて答えた。

 真紅郎のその姿が、法禅には悲しみを堪えているように見えた。


「おっと済まねぇ。そうだったなその件も合わせて報告を受けていたのに無神経だった」


 法禅は頭を下げると落ち着きを取り戻し、向いの席に座る。


「それで陽花からは一通り報告を受けた。あのクズは自ら封印を解いた挙げ句逃げやがったんだな。くそ、カレイジャスの称号を冠する者が情けない」


「まあ、封印を解かれたことは塚護りも担っていた拙者の失態で御座るよ。逃げたのもオロチ相手なら実力的には居ても足手まといだったので構わぬとしても……やはり聖女殿を生贄に差し出した事とギルドに報告しに来なかった事は許されれない行為で御座る」


 真紅郎としては封印を解かれたのは自身の不覚が一番の原因だと考えていた。

 アデルが逃げだした事についても、とった行動は恥だとは思うが自分の命を優先しただけで、冒険者としてはそこまで責められる事ではないと思っていた。


 では何に怒っているかと言えば、一番はやはりメルを生贄として差し出した事である。

 あの時、痺れて動けなかった情けない真紅郎としては言えた義理ではないかもしれない。

 それでも、あの段階なら逃げに全力を注げば聖女を連れて一緒に逃げ出す余地はあった。そこにシンクロウは含まれていなくても。

 しかしアデルはその状況判断が出来ずメルを生贄にして逃げるという安易な手を使って三人だけで逃げた。

 結果的にメルが居てくれたお陰でオロチを再封印して事なきを得た。ただ真紅郎としてはメルへの愛おしさが限界点を振り切った事で、より許せない思いが強くなっていた。


 というこで、これはほぼ真紅郎の私怨による怒りである。


 第二は自らのちっぽけなプライドを優先しギルドへ報告しなかった事だ。

 もし真紅郎達が封印に失敗していれば、報告がないため討伐隊の編成はされることなく、オロチは完全な九頭龍として復活していた可能性が高い。

 そうなってしまっていたらイズモの街は壊滅していただろう。


 これは真紅郎でなくても怒る。

 イズモの街全員の命を危険にさらしたのだから。



 悲しんでいるような様子から一変し、怒りのこもった瞳を見せる真紅郎に法禅は重要な事を確認する。


「改めて確認だが九つ目の封印は破られていないんだな」


「うむ、それは大丈夫で御座るよ。彼らも封印は八つだと思っていたで御座るからな」


「なるほど。先人の知恵が功を奏したな」


 これはごく一部の人間しかしらない事実。

 この地方に伝わる八岐のオロチの伝説は今から三百年の間に意図的に流布されたもので、もっと古い神話を調べればその姿が本当は九つの頭を持った九頭龍だと分かる。

 理由としては三百年前に今と同じように封印を解いた愚か者がいたからだ。

 その時の教訓からオロチはまず二つに分かれて封印され、さらに半分のそれを八つに分けて封印した。

 残りの半分は今までと同様に地脈というアシハラ独自の手法で、ダンジョン最奥の隠し部屋に封印し直した。

 なのでオロチの封印は実質八つの小封印と九つ目の大封印で形成されていたのだ。

 つまり真紅郎達が対峙したオロチは実質半分の力しか取り戻せていなかったのである。


「……本当に良かったで御座るよ。完全に復活していれば拙者ごときではどうにもならぬで御座るからな」


「謙遜しすぎだ。完全体ではないとは言えオロチを実質二人で再封印したのはとんでもないことだぞ誇れ。だいたい完全体のオロチを封じれる者など姫巫女様とあの御方位なものだろう」


 法禅が今回の功績を労う。

 真紅郎は首を振って答える。


「まあ確かにあのお二人なら容易いことであろうが、だからこそお手を煩わせるわけにはいかぬで御座るよ」


「シンさんのそういうところは相変わらずだな。だがまずはイズモに住む者たちに成り代わって礼を言う。ありがとう」


 そう言って深々と頭を下げる法禅。

 真紅郎は手を振りって否定する、


「いや、今回の一番の功労者は……」


「分かってるとも、この件は領主の京極にも伝える。その上で聖女メルセディアの偉業を讃えよう。そしてカレイジャスの名を地に貶めたアデルにはきっちりと落とし前をつけさせてやる」


 法禅は亡きメルセディアに深い敬意を示すと、その後で不敵に笑う。

 真紅郎はその顔を見て、アデルはつくづく愚かな選択をしたなと思うのだった。

 

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