入学編—スティン失踪3


 奥で確認できる何者かの姿。

 会いたくはないが、どうせ時間の問題だ。ここで避けてもどの道先輩らとは出会ってしまうはずだから。


「……廊下を走るのは誉められた行為ではないぞ、一年」

「——ッ!」


 やがて、その姿が露わになった。思わず息を呑むがそれは先輩の存在に驚いたからではない。しかしそんな彼に構わず。


 ルノスと同じ魔王候補の制服を着こなす、日の寮アテス生が立ち止まった。

 時間が惜しいとはいえ、スルーする訳にもいかない。


「まったく最近の一年はもう夜に出歩いているのか」


 精悍な顔を呆れさせて、その男はため息をついた。

 腕には日の寮アテスのオレンジ色を使用した腕章が巻かれている。これこそは、


(監督生……。ウルテイオでもトップの成績優秀者か)


 しかしこの時のルノスは安堵していた。理由はいくつかあるが、その最たるは眼前の監督生が日の寮アテス所属の生徒だったからだ。

 絶対に襲われない、という確信とは違うが確率は低いはずだ。

 それに何より、監督生に選ばれた彼なら入学して間もない子山羊である自分の力になってくれるかもしれない——そうも思った。


「……監督生の方ですか?」

「見ての通りだ」


 一応聞いてみたが、男からの返答は腕章をこちらに見せるだけだった。しかし十分だ。ここで重要なのは彼が監督生である事を認める事なのだから。


「初対面で不躾なのは重々承知。その上でお願いがあります」

「言ってみろ……一年だとしても場合によっては無視するがな」


 そこから手短にスティンの出来事を話した。彼は相槌すらなく黙って耳を傾けるだけだったが、真剣な表情だった。

 そして、全てを話すとルノスは頭を下げた。


「自分一人では誘拐された可能性のある生徒を探すのは不可能に近い。どうか救いを……」

「…………」


 少し考えるそぶりをして男が口を開く。


「ライバルだろうとも未来ある魔王候補を費やすのはおれとしても本意ではない——ロイマス・ランパスヘイム、七年生だ」


 やがてロイマスは手袋をはいた手を差し出す。握手を求めているのだろう。

 危ない橋を渡ったが賭けには勝ったようだ。ルノスは迷わずに相手の手を握ると、名乗った。


「ルノス・スパーダです。今年から魔王候補生として入学をしました」

「スパーダか……よし。さっそく探しに行こう」


 彼は黒髪を揺らしながら振り返ると足を進めた。ルノスは早足で隣に並ぶように距離を詰めて——問うた。


「しかし願い出てなんですが、スティン・プープラを見つけ出せるのでしょうか?」

「そうだな……おまえの制服からニオイならする。だが妙だ……人間界のニオイに似ている」

「ニオイ?」

「ああ、そしてそれは地下——つまり迷宮に続いている」


 まさか……と訝しげな視線を送るルノス。

 

「訳あってな、普通の人間よりも五感が鋭いんだ」


 数年前より度々ウルテイオの枠組みを超えた外ですら注目を浴びる男がいた。名はロイマス・ランパスヘイム。その圧倒的な実力から一部の生徒がこう揶揄したという。


『あの化け物は“魔人”の領域に到達した』


 無論、外でそれを信じたものは少ない。真実は秘密主義であるウルテイオ魔法大学校の関係者しか知らず白日の下に晒されることはなかった。

 何せ、あの魔人だ。魔道を進み続けその真髄の片鱗を直視した者。魔人に至らず生涯を終える魔法使いはおおよそ九割を超える。


 「俺は魔人だ」「私は魔女だ」なんて嘘は通用しない。魔人と魔女にはその証があるからだ。

 通称——闇の紋章と呼ばれる魔の住民になった者の体のどこかに現れる黒い紋章のことなのだが、ルノスなどの背中にある魔王のマークとは似ているだけで本質は全く違う。


(実際に魔王のマークは皆同じだが、闇の紋章は人それぞれだった。ロイマスこの男にも……闇の紋章それがあるというのか?)


 だとすれば、ロイマス・ランパスヘイムは想定を超えた化け物になる。

 人知を超えた身体機能と魔法の威力を与えるのが闇の紋章の正体なのだ。


「どうした? 早く着いてこい」


 先輩の声をかけられて無意識に止めていた足をルノスは踏み出した。

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