入学編—相方4


 ルノスは寮室を出た後、当てもなく歩き回っていた。本来なら全力疾走をするところだが、それでは自分の存在を大っぴらにしてしまう。

 それだけは勘弁願いたかった。


(まずは外にでた方がいいな。寮内は切りがない)


 しかし外全体を探すにしても時間は必要だ。それこそ、何日という時間が。

 とはいえ寮内や学校の中を徘徊するよりはずっとマシだ。あそこは迷宮。何度も何度も同じ道を通る事になり、結果的に探す範囲は狭くなってしまう。


「なにより先輩に出会うのは最悪のケースだ」


 それだけは絶対に避けなければ。もし遭遇すれば真っ先に逃げる。

 それがルノスに出来る最善の手だった。





 外を歩いて5分が経過した。もちろん手がかりすら見つけられない。


(やっぱり無理か……諦めた方が賢明かもしれないな)


 既に魔法使いの時間だ。地下の迷宮に潜っていた先輩方も学校に戻っているかも。

 諦めるしかないか、とルノスがため息を吐いた——その時。


日の寮アテスを馬鹿にするな!!」


 若々しい声が耳に響く。高い声だが、男のものなのは確か。

 

(行く価値はありそうだ)


 気配を消しながら声の聞こえた方向——校門近くの噴水まで忍足で近づき、覗き見る。

 まず目に入ったのは銀の制服を見に纏う男二人。そしてその男達の片方に黒髪を掴み上げられている日の寮アテス生だった。


 赤い瞳は苦しそうに揺れている。

 助けるか? いや待て、あそこの月の寮ルナは何年だ? 相手が先輩だったら救出はほぼ不可能。ルノス一人なら別として、あの小柄な日の寮アテス生の命までは何とも言えない。


「恨むなら、酷く醜い日の寮アテスに所属させたウルテイオにするんだな」


 思考している間に、状況は一刻を争う。あと少しで、あの少年は魔法剣の餌食だ。

 だか、それよりも気になる事が一点。


(酷く醜い日の寮アテス——だって?)


 よく言った、名も知らぬ月の寮ルナの学生。


 遂に、日の寮アテスの少年に魔法剣が振り下ろされた。



 それと同時、オッドアイの少年が地を蹴った。


「——っなんだ!?」


 スティンの体を斬り裂く予定の剣が止められたのだ。

 ミズズは刹那の間、理解できなかった。しかし己の前に立つ黒髪の少年、そして強く手首を握られている圧迫感。それらの要素を遅れて感知し、


「誰だよ……テメェ! いつまで手首握ってやがる……!」

「…………」


 振り解こうにも振り解けない。単純に膂力が違いすぎる。

 ただただ無言のルノスにミズズは得体の知れない何かを感じた。


 ————コイツはヤバい! 母親の腹の中に感情を置いてきたのか!?


 冷酷な瞳に見つめられる中、吐き出しそうな恐怖を抑えて僅かに口を開くミズズ。


「おい……パール——なんとか、しろ」

「————」


 そして壊れた機械のような動きで背後を見た彼はパールもまた使い物にならないと知った。


「パール……! お前しか動けねぇんだよ……頼む……!」

「————」


 やはりパールは黙ったままだ。まるでマネキンを連想させるほどに動かない。

 そこで初めて、ルノスが口を開いた。


「あまり騒ぎは起こしたくない……殺し合いが望みなら後日にしろ」

「……あ、ああ。いや……何でもない。俺達はもうスティンそいつに関わらなねぇから、許してくれ」

「それは良かった——早く消えろ」

「——ッ!」


 余裕が無いために殺気を飛ばしすぎたが、お陰で月の寮ルナの生徒は恥ずかしげもなく逃げていった。

 

(虐めすぎたかな……)


 多少の後悔を滲ませながら、ふぅ、と一息。

 今度は目前の少年に声をかける事にした。


「オレも人の事は言えないが、初日から災難だな君は」


 マールムを思い出す。今回の場合はルノスがローズリアの立ち位置だろうか。


「え、えと……ありがとう——その……」

「ああ、オレはルノス・スパーダ。制服の色の通り、君と同じ日の寮アテスの一員だ」

「ぼ、僕はスティン・プープラ! ありがとう、ルノス君!」


 パッと太陽のような笑顔を浮かべた少年に微笑み返す。


「よろしくな、スティン」


 これが、二人の出会いだった。

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