入学編—魔法道具実験2


 入室そうそう、癖のある教授なのは席についている生徒一同理解したはずだ。生気のない表情や腐った瞳がそう思わせるのだから。

 しかし、魔法実験室に存在する二つの寮生の雰囲気はまるで違う。

 一方は堂々と胸を張ってベルトリアと向き合う月の寮ルナ。もう一方は居心地悪そうに視線をあちこちに回す日の寮アテス。全てはベルトリア・ルージュの日の寮アテス嫌いが原因だった。


(もっとも、それを進言する生徒はいなさそうだ)


 自分も含めて、誰も文句をつける人は居ない。否、そんな勇者はもはや勇者に在らず。ただの英雄気取りの蛮勇者でしかないだろう。

 下手なことを宣えば何をされるか分からない。現状でベルトリアに勝てる見込みがある生徒など、ルノスの知る限り一年では二人しかいない。それも確実ではなく、ほとんど賭けに近いものなのだ。


「まずは注意事項を何点か。我は基本的に貴様らに手は貸さん。手本は見せてやるが、死んでも遺体は地下の迷宮に捨てる……いいな? ああ、返事は要らない。貴様らに拒否権などないからな」


 固い口を開いたと思えば、心のこもっていない言葉ばかりだ。

 戸惑う生徒を面白そうに見ている。


(本当に性格は腐っているな)


 だけど情け容赦のない鬼ではない。手本は見せてくれるらしいし、進んで生徒を死に導くような死神とも違う。

 少し行動原理が不明な教授だった。


「しかし今回貴様らが行う実験は——低レベルな初歩範囲だ。これが出来なければ二度と我の講義には来なくていい」


 冷たく言いながらベルトリアは腰から魔法剣を抜いた。魔法使いには珍しい長剣だった。彼は呪文を唱えて、魔法剣のサイズを縮めると再度説明を始める。


「今回は魔法の樹木エグドルの枝を使用する。内容は簡単だ。この枝に魔法の基となるエネルギーを注げ」


 フクロウの教授は説明通りに、魔法剣の切っ先から魔法の樹木エグドル光の波エネルギーを注いだ。

 すると茶色のみだった枝からは更に枝が生え、遂には葉っぱが茂り出した。


「見ての通りだ。魔法の樹木エグドルは魔法の基である魔素に反応して成長する。このようにバランスよく注げば魔法の樹木エグドルが耐えられず枯れることもない」

 

 ——説明は終わりだ。

 とでも言いたげにベルトリアは座った。そのまま沈黙した実験室で何かの作業を始めた彼に戸惑いを隠せない生徒達。


「何をしている。時間は有限だ。惚けている暇があるのなら行動の一つでもして見せろ」


 資料から顔を上げて、ベルトリアが言った。死んだ瞳の威圧感に溢れ上がる恐怖、それを抑えるように一人、また一人と動き出す。

 それぞれが魔法の樹木エグドルの枝を手にした時「ああそうだ」と、教授が視線は資料からずらさずに口だけで吐いた。


「成功した場合は我に見せろ。失敗した場合は魔法の樹木エグドルの枝が尽きない限り何度でもやり直して良いが、我に見せるのは一度だけだ」


 そうして沈黙する教授。彼なりの「作業に戻れ」だろうか。

 しかしまあ面倒な事だ。一度しか見てもらえない。もしも失敗を繰り返して何度もやり直しては時間が足りなくなる。当然、実験の時間外では評価などしてくれないので失敗扱いとなるだろう。


わたくしは出来ましたわ」


 ふと、前の席に視線を戻すとローズリアとばっちり目があった。そして机の上には瑞々しい緑の魔法の樹木エグドルの枝が一本。

 早速隣で失敗したスティンが「えぇ!?」とあんぐりした。


「それじゃあお先に行ってきますわね」

「ああ、後でどんな評価だったか教えてくれ」

「了解ですわ」


 ローズリアは一番乗りで教授の元まで向かった。

 さて、やるか。と意気込んだ瞬間、スティンが話しかけてきた。


「ルノス君。これってコツとかあるの?」

「コツ? こういうのは慣れだからね。まあそうだな……敢えて言うなら杖である剣先から暖かいオーラを送るイメージだ。ゆったりとした」

「こ、こう?」


 目を瞑りながら少年は何かを念じているようだった。そして、魔法剣の先からはベルトリアの時と同様、光の波が流れだす。

 成功——かに思われたが、途端に魔法の樹木エグドルに生えた緑は枯れた。


「ええっ!?」

「注ぎすぎたな。やり過ぎると今みたいになるから気をつけて。要はコップに水を入れすぎたんだ」


 だけどスティンならすぐに慣れるだろう。彼は勤勉な人間であるようだし。


(オレも早めに終わらせよう。その方がスティンに集中して教えられる)


「おおぉ! 凄い、凄いよルノス君!」


 小柄な少年は完全に緑で覆われて、茶色の消えたルノスの魔法の樹木エグドルを確認すると素直に褒め称えたのだった。

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